「涼太〜」
「なに?」
「大好き。」
君がぎゅっと抱きしめる。
その体温が心地よかった。
「うん、ありがと」
「それじゃ、大きくなったらお嫁さんにしてね?」
「はいはい笑」
「約束だよ!?」
「うん、約束」
遠い、遠い、昔の夢。
あぁ、ずっと
この幸せな夢を見ていたい。
このまま永遠に。
「涼太ー…?」
「ん…なに?」
「明澄?」
「……。」
寝言か。
時計を見ると、今は午前5時半。
今日は早番だし丁度良いか、そう思いふと鏡を見ると目の下に酷いクマができていた。
最近は不眠が続いていてあまりよく寝れていない。
玄関に積まれたゴミ袋が目に入る。
そういえば、今日は燃えるゴミの日だったか。
明澄に外に行かせるのは怖いので仕事のついでに行くことにする。
スーツに着替えて、ネクタイを締めて、歯を磨く。
そして、1呼吸ついてそっとドアを開けた。
今日は何も嫌がらせはされていなく、思わず安堵感を覚えた。
「あら涼ちゃん、早いわねぇ」
「おはようございます」
朝早く挨拶をしてきたのは隣に住む玉枝さん。
なんでも、今年で80歳を迎えるそう。
「朝は気持ちが良いわねぇ」
「ですね」
「あら、ゴミ出しに行くの?」
「はい」
「気を付けて行ってらっしゃいね」
そう言って玉枝さんはくしゃくしゃのシワだらけの顔を微笑ませた。
「はい、行ってきます」
いつも通り大通り前を通り、公園を横切ったらゴミ捨て場が見えた。
今日は早番だし早く帰れるから、家でゆっくりできるな、なんて考えて電車に乗った。
電車は珍しく人が少なく、席に座れた。
ガタゴトと揺れる電車は心地よかった。
「次、新宿駅、新宿駅」
仕事の最寄りの駅が読まれて思わずはっと目が覚める。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
急いで体を起こして席を立つ。
寝過ごさなくて良かったと胸を撫で下ろした。
「おはようございます」
「ちーす」
会社に着くと、既にもう同期の岡村が仕事にとりかかっていた。
「お前、最近朝弱いのに早番多くね?」
「そうなんだよ〜、運が悪いのかなぁ」
絶対に川田部長の嫌がらせだろ。お前の頭どうなってんだよ?と言いたいところだが、その後にしょげられたら面倒くさいので黙っておく。
「そういえばそこに置いてある資料やっとけだって」
「あいよー」
川田部長がいないからか、いつもより力が抜けた返事になってしまう。
気を引き締めなければ、と朝コンビニで買ったエナジードリンクを飲んで集中力を高める。
思ったより難しい資料ではなく、昼休憩前に資料は出来上がった。
「んー」
ずっとパソコンと向き合あってたからか、肩が痛い。
「おはようー」
「川田部長、おはようございます」
「おはようございます」
岡村に続いて皆が挨拶をする。
「うん、おはよ」
いつも岡村をいびってくるのに今日は何故か何もしてこなかった。
「涼太ー、そろそろ食堂行こうぜ 」
「だな」
「涼太くん」
名前を呼ばれて立ち止まると川田部長だった。
「少しいいかしら?」
「はい?」
「…蔦ちゃんのことなんだけど」
蔦……洋西蔦のことか。
「彼女は仕事もそつなくこなすし、商経学部の出です。とても使える人材だと思います。」
「いえ、そういうことじゃなくて」
よく見ると川田部長の顔色が悪く見える。
「蔦ちゃん、3日も連絡がつかないの…。」
「え?」
彼女の真面目な性格上、無断で欠席するような子じゃないだろう。
それは社内全員が理解していることだ。
「病気かしら…」
洋西が入社した日のことを思い出す。
確かに、あのか細い体と青白い肌なら病気だとしてもおかしくない。
「涼太くんには連絡入ってない?」
「いえ、何も」
「そう…ありがとう」
川田部長は地雷を踏んだ岡村に対してはあの態度だが、根はとても優しく責任感の強い人間だ。よっぽど洋西のことが心配なのだろう。
岡村と食堂でいつも通り昼休憩を済ませ、洋西のことを考えているうちに仕事は終わった。
「それじゃ、お先に失礼します」
「うん、お疲れ」
「お疲れ様でした」
いつも通り会社終わりにコンビニに寄り、エナジードリンクを買う。
そしていつも通りに電車に乗り、いつも通り家の最寄りの駅で降りる。
「あら、おかえりー」
「ただいまっす」
そして早番の時に会うお隣の玉枝さんと大通りの前で挨拶を交わす。
ひと通りの少ない大通り、子供達が遊ぶ公園。
すべてがいつも通り、いつも通り…
「……は?」
の筈だった。
いつもなら明澄の趣味の家庭菜園のパプリカと昔、使っていた一輪車が出迎えてくれる玄関に望まぬものが置いてあった。
「う…」
その異様な匂いは思わず吐き気を及ぼした。
真っ赤に滴る血、血の気の無い肌、張り付いた髪の毛、もうこの世を写していない目。
「う”あ”あ”ぁ”あぁ”あ”あ”ぁ”あ”あ”!!!」
いつも通りのはずの玄関にあったものは、洋西蔦のタ ヒ体だった。
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