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空いてる会議室の一室に引きこもり、パソコンと青いファイルを長机の上に置いた状態で、番人から与えられる指示に耳を傾けていた。
「敦士、大丈夫なのか?」
貴重な意見を聞いている最中に投げかけられた番人の質問で、書き込みしていた書類からやっと顔を上げる。
「何がですか?」
「もうかれこれ1時間近く、ここにいるだろう。部署でしなきゃいけない仕事はないのか?」
渋い表情で掛け時計を見つめたまま、胸の前に腕を組む姿に敦士は笑いかけた。
「午前中に片付けておきました。なにかあったら、携帯に電話してもらう手はずになってます」
「用意周到だが、余った時間でやっつけたせいで、中途半端なクオリティになっているな」
番人は机の上に散らばった書類を目にしながら、大きなため息をつく。告げられた言葉と同時に、目の前でなされた態度を見て、落ち込むしかなかった。
「すみません……」
「謝らなくていい。最初から完璧にこなされていたら、俺の出番がなくなるだろう?」
「番人さま――」
先ほどとは違う、慰めるような優しい口調に、敦士の頬が緩んだ。
「おっと、気を抜くのはまだ早い。調べなければならないことが、山のようにあるんだからな。しかもそれをコピペして貼り付けるなんてことは、絶対にさせない」
「うっ、頑張ります……」
午後からの仕事が入らなかったお蔭で、スムーズに調べ物をすることができた。しかしその量が膨大なため、就業時間を終えてもまとめきれず、自宅に持ち帰ることにしたのだが――。
「敦士、やる気はあるのか? それじゃあ、調べた文献と変わりないだろ。企画書に説得力を持たせるためには、自分の言葉で伝えないと意味がない。やり直しだ!」
小さなテーブルの前に正座した敦士の隣で、鬼のような形相の番人がぎゃんぎゃん喚く。
帰って来てから、番人に注意された数はわからない。不出来な自分が悪いことはわかっているが、叱られすぎて集中力が切れてしまい、どうしても頭が回らなくなっていた。
それでも明後日が締め切りなので、頑張らなければと思ってるのに、どうしても瞼が落ちていく。
「おい、寝るにはまだ早いぞ」
「わかって、ます……言われたことをし、なきゃ」
(こんなになにかに熱中したのは、いつ以来だろう? 番人さまに見てもらっているせいか、いつもより楽しく仕事ができてるのに)
そんなことを考えていたら、敦士の意識が遠のき、倒れ込む感じで書類の上に突っ伏した。
「寝るには早いと、言ってる傍から寝るなんて。このままじゃ、風邪を引かせてしまうかもしれない」
敦士の躰を慮った番人が、部屋の中を見渡した。見渡してそれを見つけても、自分ではなにもできないことを今更ながらに悟り、ふたたび敦士に視線を注ぐ。
「悪夢の中でしか、おまえをあたためることができないなんてな。こう何度も、歯がゆさを味わいたくない」
そんな番人の呟きはどこにも届かず、静寂の中に消え去ったのだった。