⚠️旧国注意
⚠️戦争表現がありますが、戦争を望むような意思・賛成等の考えはありません。
「ただいま…」
誰もいない家に、今にでも消えそうな声が落ちる。
薄暗い廊下をなんとなく数秒見つめた後、ようやく重い足を動かす。
一歩、一歩、と、まるで鎖が繋がれているのかの様に歩く。
重たくて、たまに片足を引きずりながらも、やっとのことでリビングに着いた。
大きくため息を吐いて、椅子に座る。
「はあぁぁ、癒しの金曜日だ……。
何もしたくない、何もできない。
会社なんて元から存在するものではない。」
念仏のように繰り返しぶつぶつ唱える。
薄暗い部屋の中、ふと、和室に目がいった。
“そういえば、遺品整理してなかったな。”
何故だろうか、
先程まで鉛のように重かった体は、そう考えると忽ち気力が上がり、足も和室めがけて素早く歩き出すのだ。
そして、何の躊躇もなく、先程まで暗かった部屋の光を付けた。
そっと和室の襖を開ける。
そこには、80年間放置していた想い出が、詰まっていた。
床にある埃を使い古した藁の箒で軽く掃く。
流石に80年も放置していれば、部屋の中は埃だらけだ。
遺品整理は、戦後にアメリカさん達がこの部屋に来て、殆どの物を持っていってしまったため、自らしようなんて思ったことがなかった。
どうせ、この部屋には何も残っていないだろうと心の中で思っていたからだ。
視線を少し上にあげる。
すると、床に一枚の写真が目に入った。
そこには、無邪気に笑い合って肩を組んでいる、3人の軍人の姿があった。
写真は白黒で、所々にシミや、少し破けた部分あり、全体的に黄ばんでいる。
しかし、記憶の中の彼らはしっかりと色に包まれていた。
写真の中の彼らの姿が、脳内をフラッシュバックする。
いつも私の手を優しく握ってくれた、右の軍人。
少し不器用で、
自分に厳しく他人に厳しい。
けれども、稀に見せる笑顔が素敵で、1番優しい子。
いつも私の背中を支えてくれた、左の軍人。
怒りやすく、
右の軍人や、他の軍人ともよく喧嘩していた。
だけど、誰よりも相手のことを思っている、友達思いな子。
いつも、私に明るく話しかけてくれた、真ん中の軍人。
落ち着きがなくって、
左の軍人によく怒られていた。
でも、自分の意思は曲げない、とても強い子。
『皆さん、桜が綺麗ですよ。
どうです?記念に写真でも撮りませんか?』
「それは良いですね!
ですが、祖国様は一緒に撮らないのですか?」
『私は遠慮しておきます。
それよりも、皆さんの笑顔溢れる写真が撮りたいです!私の代わりに、皆さん精一杯笑って下さいね。』
「あはは!海兄さん、面白い!!」
「ハッハッハ!兄さんの面白さに気づいてしまった様だな!!」
「うるさいぞ!!
写真の時くらい静かにしないか!!」
「そっちの方がうるさいぞ!?
ちょっと歳上だからって、威張るなよ!」
『ほら、皆さん撮りますよ!
笑って下さいね!
一
二
三
パシャリ
脳内にシャッター音が響く。
「懐かしいなあ……」
心にぽっかり穴が開いたような、大事な物が消えてしまったような気分だ。
もう、随分と昔の話なのに…。
懐かしさに包まれていると、目の前にある小さな箪笥に目がいった。
写真が落ちていた目の前には、箪笥があった。
とは言っても、高さ50センチくらいの、3段しかない小さな箪笥だ。
この小さな箪笥も、色褪せたり埃を被っていたりと、私の記憶の中の物とは程遠い物と化していた。
せっかくなので、上から引き出しを開けてみる。
1段目、2段目には何も入っていなかった。
きっと、アメリカさんらが戦後処理で色々持っていったのだろう。
3段目を開けようと、取っ手部分を引っ張るが、びくともしない。
驚いて引き出しをじっと見ると、金庫のように3桁の暗証番号式の引き出しになっている事が分かった。
流石に、あの子らが使っていた箪笥の暗証番号が分かるはずがない為、他の所に目を移すと、
ポツリと一つ、日本刀が床に置かれていた。
「あっ……あれは…!」
探していたものが突然目の前に表れたように、素早く日本刀を手に取る。
この日本刀は、写真右の軍人、陸軍の愛刀だ。
彼は最後の裁判に行く前に、私にこの日本刀を預けたのだ。
『この子、受け取って下さい。
私が1番大切にしていた刀です。
所謂、愛刀というものでしょうか。
もし仮に、私が消えたとしても、
この刀がある限り、私が祖国様を必ず守ります。
それと、もし……もしも、次にお会いすることがあったら、この子を私に渡してくれませんか?
思い出せなくても、必ず、思い出します。
皆んなの事も、祖国様の事も。』
私が聞いた、彼の最後の言葉だった。
あの後、数年は刀を持ち歩いていたのだが、アメリカさんに『刀の所持は止めろ、危険だろ。』と言われた為、やむを得ず、想い出と共にこの部屋にしまったのだ。
ああ、何故今まで忘れていたのだろうか。
あの子との思い出を噛み締め、ゆっくりと刀を抜く。
すると、
ポトリ
何かが落ちた。
恐る恐る、落ちた物体に手を伸ばすと、それは二つ折りにされている和紙だった。
不思議に思い、開けてみると、そこには211と薄い字で書かれていた。
「何の数字でしょうか……?
211、2月11日の建国記念の日?
でも何か引っかかりますね。
211から連想できる他のもの……。
ん?これ、3桁……?、あ!」
ゆっくり刀をしまった後、急いで先程の箪笥の方に戻った。
3段目の引き出しを見ると、やはり、3桁の暗証番号式だ。
そして、211も3桁の数字だ。
その共通点から、211がこの暗証番号の数字かもしれないと推測する。
慎重に、ハンドルを回転させる。
一目盛りずつ、丁寧に。
最後の1まで丁寧に落ちついて回したあと、ゆっくりと取っ手に手を伸ばした。
「開いた……!!」
達成感で胸が満たされたのも束の間、そこにあった物に呆気にとられてしまった。
目に飛び込んできたのは、ボロボロになった1つの手帳らしき物だ。
全体的に黄ばんでおり、泥や砂が付いていたり、焼け焦げている部分も数箇所ある。
戦争の作戦でも書いてあるのだろうか、と思い開くと、そこには、ページいっぱいに文字が書いてあった。
文字の量は、所々に日付があることで、やっと日記だと分かるくらいだ。
初めこそ、
『米軍は強いが、我が日本軍も知能では劣っていない。物理で押される等、許されない。』
『本日も戦争に勝った。このまま順調に進めば、講話も夢ではないだろう。』
と、前向きなものだったが、
後半にかけ、文字数も1日10行以上から、5行と、段々と減っていき、
『我々日本軍は物資が危うい。このまま保てばいいのだが。』
『最近は、上からの指示に腹が立っている。こちらの状況が把握できないのであれば、こちらに任せれば良いのに。
私がもっと強かったら、仲間の犠牲も減らすことが出来たのかもしれないのにな。情け無い。』
『物資が全く足りない。
近頃、民間人の家に行き、物資を確保している日本軍らがいると耳にした。
物資の不足も問題の原因だと思われるが、
皆戦争で疲れており、気を保てないのだろう。
何とか堪えて欲しいところだ。』
等、当時の過酷さが分かるような文になっていった。
そんな過酷な中でも、彼は毎日、日記を書き続けていた。
しかし、日記の行は減る一方で、とうとう46年4月、日記はそこで途絶えた。
最後の日記には、
『祖国様は大丈夫なのだろうか?
また祖国様の顔が見たい、触れたい。
私はこれから存在を消されるだろう。
まるで、元からこの世に存在しなかったかのように。
でも、どうか、どうか、祖国様だけは助かって欲しい。
そして、私達の意思を繋いで欲しいのです。
これが、私の、最後の我儘です。
*祖国様がこの日記を見つけてくれることを信じています。*』
とても薄い字だった。
手が震えていたのか、ふにゃふにゃしている。
日頃弱みを見せなかった彼だが、この文を見ると、その面影など何処にもなかった。
しかし、最後まで軍人として生きようという気持ちが伝わる文だ。
ゆっくりと、手帳を閉じる。
あゝ、この子はどんな思いで裁判に足を運んだのだろうか。
どんな思いであの戦場に立っていたのだろうか。
今更に過ぎない想いが、
段々と募っていくのだった。