冬の夜。
相沢蒼と村瀬真は、古びた倉庫の中にいた。
机の上には、ノートパソコンと霧島翔の脚本、そして大量の旧データ。
「Project MARI……」
村瀬が低く呟く。
「翔の暗号に出てきた“M03-A07-R12-I00”――この数列、ただの文字コードじゃない。
これは、口座番号の一部です。」
相沢が眉を上げる。
「霧島家の裏資金ルート、か。」
村瀬はうなずいた。
「翔は“霧島家の罪”を芝居のセリフに変えて隠してた。
けど、この『Project MARI』だけはどうしても隠しきれなかった。
これが霧島家の崩壊の核心だ。」
相沢は冷静に資料をめくり、ふとある書類に目を止めた。
それは劇場支配人・篠原怜司の名前が記された資金記録だった。
【受領者:篠原怜司】
【送金元:MARI口座】
【名義人:AIZAWA R.】
「……俺の、名前?」
村瀬が息を呑む。
「まさか……あなたが、MARIの資金ルートに?」
相沢は黙り込んだ。
数秒の沈黙。
やがて、低い声で言った。
「いや……“AIZAWA R.”は俺じゃない。“AIZAWA 涼”――俺の弟だ。」
村瀬の顔が強張る。
「弟さんが……?」
相沢は窓の外を見つめた。
「涼は五年前に死んだ。自動車事故だと聞かされていた。
でも、もし彼の名前がこの口座にあるなら……
“Project MARI”に関わっていた可能性がある。」
その瞬間、倉庫の電源が落ちた。
真っ暗な中、遠くで車のエンジン音。
相沢は即座に懐中電灯を取り出す。
壁に貼ってあった古いポスターが風で揺れ、床には小さな紙切れが落ちていた。
「霧は再び舞台へ――黒鴉劇場、午前零時」
村瀬が顔を上げた。
「罠かもしれません。」
「いや、呼んでいるんだ。」
相沢は帽子をかぶり直した。
「真実が、最後の幕を上げる場所へ。」
【黒鴉劇場 午前零時】
劇場の客席は真っ暗だった。
ただ一つ、舞台の中央にスポットライト。
そこに立っていたのは――篠原怜司。
「ようこそ、探偵さん。」
その声は静かで、どこか芝居がかった調子だった。
「あなたが“Project MARI”の責任者か。」
相沢の問いに、篠原は口元をゆがめて笑う。
「責任者? 違いますよ。
私は――“演出家”です。」
舞台上の幕が上がる。
そこに並んでいたのは、数枚の写真。
霧島翔、香坂真理、村瀬真、そして――相沢涼。
「すべての駒は、舞台の上で動くために作られた。
霧島翔も、あなたの弟も、皆“脚本通り”に死んだんです。」
村瀬が拳を握る。
「翔を殺したのは、お前か!」
「違う。殺したのは――“真実”だ。」
篠原は笑いながら、手にしていたリモコンを押した。
舞台裏から炎が上がり、再び劇場が赤く染まる。
その炎の中、篠原の顔に見えたのは――右頬にかすかな火傷の痕。
「……お前も、火傷を?」
相沢がつぶやく。
篠原はゆっくりとうなずいた。
「私はかつて霧島家の執事だった。
翔の脚本を消すために火を放ったのは、私だ。」
だが――篠原は続けた。
「だが、翔は最後に笑って言った。
“真実は、芝居の中で生き続ける”と。
その言葉を信じた私は、この劇場を守り続けてきた。
Project MARIの“鍵”を開ける者を待っていたんです。」
相沢は一歩踏み出す。
「ならば教えろ。MARI計画とは何だ。」
篠原の笑みが消える。
「それは……霧島家が作り上げた“記憶の改ざんシステム”だ。
罪を消すために、人の記録を作り変える――“虚構の真実”。
あなたの弟も、その実験に加担していた。」
相沢の拳が震えた。
「……涼が、霧島家のために人の記憶を操作していたと?」
「彼は優秀だった。だが、最後に“翔の記憶”を守ろうとして殺された。
彼の死もまた――“芝居の一幕”に過ぎなかったのですよ。」
舞台の炎が、相沢の顔を照らす。
彼の瞳に、深い怒りと悲しみが交錯していた。
「――もう、幕を下ろす時だ。」
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