「あ……ああぁぁ……!? くそぉぉぉぉぉ……!!」
グルートがバランスを崩し、まともに立つことが出来なくなってすぐのことだ。うごめいていた影が奴を逃がすまいと、頭上から黒い霧のように覆いかぶさり始める。
「――ア、アック・イスティ! 僕はエドラよりもしぶとく、しつこくお前の記憶にこびりついてやるからな! クッククク……あ、あぁぁ……楽しみ……だ――」
影に覆われたグルートは、そう言いながらそのまま影に連れ去られて行った。
それにしてもこびりつくとか、何て厄介な奴なんだ。こっちは国の再建やら何やらがあって、正直グルートのことなんて思い出すこともしていなかったのに。
亡霊グルートとの戦いは、デバフを受けたことで魔法だけの勝負ならどうにもならなかった。それでも勇者を剣で打ちのめすことが出来たのは上出来と言っていいだろう。
これからどうなるのかとこの場で立ち尽くしていると、途端に静寂が訪れる。
そして――聞いたことのない男の声が響く。
『光が差し込む道を進め! われらはアルターリエでキサマを待つ』
声が若いようだが、これがエルフの長老という奴だろうか?
どうやらおれは認められたようだし、言われた通りに進むしか無さそうだ。
◇◇
魔封のトンネルを抜けると、深い森の小路に出た。さっきまで怒りや妬みが入り交じっていたトンネルとは、まるで違う雰囲気だ。見ている風景が嘘なのか真実なのかは分からないが、ほのぼのとした森にも見える。
迷うことの無い一本道をひたすら進んでいると、何かが勢いよくおれの腰の辺りにぶつかってきた。痛みは無いが、まるで気配を感じられなかったくらいの不意打ちで。
「――うっ!? な、何だ……?」
「フニャウゥ~……アックなのだ、アックなのだ~」
「シーニャ!?」
よくよく見るとふわりとした虎耳が目の前にあって、柔らかな感触が全身に当たっている。手元に感じられるのは、嬉しそうに動いているモフっとした尻尾だ。
「本物のアックで間違いないのだ?」
「もちろんだ。シーニャはサンフィアたちと一緒じゃなかったのか?」
「エルフは途中でいなくなったのだ! そしたら、アックがたくさん出てきたのだ。ウニャッ!」
「た、たくさんって……シーニャも幻影と出遭っていたのか」
「よく分からないのだ。エルフの声が偉そうに命令したから、シーニャ、ここで次のアックが現れるのを待っていたのだ!」
あいつらめ、獣人のシーニャには危険は無いと言っていたくせに。森の中を迷わせておれの幻影を見せている時点でおかしいだろ。
そんなことを思いながらシーニャと歩き進んでいると、森の集落が現れた。その入り口らしき所には、ロクシュと老齢な男エルフの姿がある。
どうやらサンフィアと他の女エルフたちは出迎えてもくれないようだ。シーニャと手をつなぎながら彼らの元へ近づいた。
「おっ! 無事に抜け出せたんだな! さすが、国主のダンナだ」
真っ先に声を張り上げたのは調子が良すぎるロクシュだ。悪い男では無いが、はっきりと話さないところについては後で注意しておく必要があるな。
「ウゥゥ……!! オマエ、シーニャとアックを騙した! 今度騙したら、切り裂く!!」
ロクシュの言葉にシーニャはおれの手を離れ、鋭い爪を尖らせながら怒りを露わにした。ここまで感情を出す彼女も珍しい。
「す、すまん。騙しじゃなくて、これは試しを受けてもらっただけで……」
俺の下で穏やかにはなっていたとはいえ、元々シーニャはワータイガーだ。エルフの森域がそうさせているのは不明だが、森に長くいたことで野性の勘が冴えてきたかもしれない。
「もういいぞ、シーニャ」
「ウニャ……。アック、甘すぎるのだ」
「そういうわけだから、ロクシュも頭を上げていい」
「悪かった。ここではそうせざるを得なくて……」
「……だろうな。それで、おれたちをどこへ向かわせる気だ?」
ロクシュは言われた通りに動いただけなんだろうな。
「彼らが案内する。ついて行くだけで、祭壇に着く」
「――祭壇か」
ロクシュの言葉を合図に、老齢のエルフ二人が無言で歩きだした。二人の後ろにつくと、ロクシュはおれたちの後方についた。イデアベルクからエルフの森域に来られたが、どうやら祭壇が目的地だったようだ。森の集落の中を進んでいるものの、住居と見られる小屋にはエルフの気配は感じられない。
ここにひっそりと残っていたのは祭壇を守る老齢のエルフくらいだろうか?
後ろを振り向きロクシュに話しかけようとしたが、薄い霧で彼の姿が見えなくなっている。
そして、
『イデアベルクの人間、アック・イスティ!』
やっとお出ましか。
『キサマにまとわりついていた影は、ひとまず落とされた。そこから十歩進め! 獣人はそこに残し、キサマだけでアルターリエに近づけ!!』
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