慎太郎は、話を聞いたあとうつむいていた目を大我に戻す。
「じゃあ、なんでこのタイミングで俺は警視庁に異動になったんですか? 因果関係はなさそうだし、やっぱりただの異動辞令が出ただけかなと思っ——」
「俺が呼んだんだよ」
言葉を遮ったのは大我だ。
「俺が決めた。言い出したのは親父だけど。俺が警部補になって、班の主任をやるようになったタイミングで、冤罪のことを伝えられたんだ」
5人の息を呑む音が重なった。
「じゃあ、事件のことは知ってたってこと?」
高地が小さく問う。しかし大我は首を振る。
「違う。今回の拉致に関してはほんとに知らなかった。それが、28年前のことに繋がってるっていうことも。親父が、『お前の祖父の昔のことだ』って言って教えてくれただけだから」
「でも、何で俺は横浜から異動に…?」
慎太郎はまだ不思議そうだ。
「……お父さんに何もできなかったから、同じ道を選んだ息子さんへのせめてもの償いだって。ミスだとわかる前に退職してしまって、呼び戻せなかった。なら、俺の班に迎えますって言ったんだ」
慎太郎が唇を嚙みしめてうつむいた。ありがとうございます、と腰を折る。
「そんなことやめてよ。恩着せがましいと思われたらやだから」
大我は微笑んで言う。
「でもね、せっかくだからここで言おうかな」
含んだ口調に、再び5人の間に緊張が走る。
「みんなは、俺が呼んだんだ。高地は俺の警察学校時代の同期で、ちょうど交通課希望だったけど外れたって聞いたから、警視庁に来ないかって打診した。北斗は、公務員試験を通ってきたエリートだけどなぜか現場がいいって言ったらしい。まあ即戦力だしね。樹は、四課から異動願いを出してて、そっちもちょうどいいから。ジェシーは、上から受け入れ先の募集がきてて、ぜひともって」
「……何しれっと全員の経歴さらしてるんですか」
北斗が苦笑した。「でも知りませんでした。主任に選ばれたって」
「なんか、偶然だけど運命的って感じでいいな」
一方樹はからりと笑う。
「ですね」
ジェシーと慎太郎も、屈託のない笑みを見せた。
それでも、彼らは警察官だ。
同じ署に勤務していた、いわば同僚。ただそれだけ。それ以外のどんな関係性でもない。
「寂しくなるね。もう帰っちゃうんだって、今さら実感が湧いてきた」
大我がネクタイを直しながら言う。
「いやあ、俺も戻りたくないですよ。だってアメリカより日本のほうが治安いいんですもん」
ジェシーのとぼけに、「ならそっちのほうが絶対給料良さそう」と樹が片頬で笑って返す。
6人は、成田空港のターミナルにいた。研修期間が終わり、アメリカのFBIへと帰るジェシーの見送りに来たのだ。
「お世話になりました、主任」
「別に世話なんてしてねーよ」
やけに不愛想に言う大我に、5人の笑い声が溢れる。
「ほんと、楽しかったです。仕事だけど友達みたいで。また時間があったら来ます。今度はちゃんと観光もしたいし」
「俺、案内しますよ」
慎太郎が声を上げて、ジェシーはニコリと笑う。「うん。じゃ、また」
軽快に片手を掲げ、ゲートの奥へと消えていく。
「…相変わらず敬語っていうか、日本語が中途半端だ」
辛辣な高地に、「まあいいじゃないですか」と北斗がたしなめた。
小さくなっていくスーツの背中を、名残惜しそうに追いかけた。
すると、大我の懐でスマホが震える。「今?」と面倒くさそうにこぼして話し出すが、すぐに表情が変わった。電話を切ると、4人を振り返る。
「品川で殺人。行くぞ」
5人の刑事たちは、ジャケットの裾を翻して走り出した。
終わり
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