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俺はこの部屋で、毎晩、天井を見ている
目を閉じるのが怖い
夢の中でまで、あの瞳に縛られるのが嫌だからだ
ーー翡翠くん
いつから君の「好き」がこんなにも重くなったんだろう
最初はただ、手を差しのべたかっただけだった
“教師”として
“君を救ったつもりの大人”として
それなのに今では、俺の生きる意味でさえ、君が決めようとしている
「せんせ、今日も来たよ」
ドアの向こうから聞こえる声
鍵はとっくに役に立たなくなった
彼は合鍵を持ち、俺の生活の中に、日常のように入り込んでくる
俺は立ち上がった
冷蔵庫の上に置いてある封筒を手に取る
中には一通の手紙と…ひとつのカギ
この計画は、何ヵ月もかけて考えた
彼が眠る深夜を狙って、人目を忍び、名前も変え、住所も捨てて、全てから逃げる
ーー本当の計画だ
「せんせ?」
彼が入ってくる
俺は笑った
これが最後の嘘になる
「翡翠くん少しだけ話そっか」
彼は小首をかしげながら、俺の前に座る
その仕草すら、どこか歪んで見える
「先生さ気付いたんだ」「君にもう逃げ場はない。だったら俺が君を連れていけばいい」
彼の瞳が輝いた
狂喜の奥で、まるで”世界が完成した”とでも言うように
「ほんとに?先生、俺と一緒に生きてくれるの?」
俺は微笑んで頷いた
そしてそっと言う
「一緒に”終わり”にしよう」
その言葉に翡翠くんの顔が固まる
意味がわからないという顔だ
「君を愛することができなかった。でも君を憎むこともできなかった」「だからせめて…この世から”一緒に逃げよう”」
俺の手には眠剤入りの紅茶
俺と君の分
味も見た目も完璧に同じ
翡翠くんは一瞬の逡巡のあと、それを受け取り、微笑む
「先生となら……死んでもいいって思ってたから」
2人、向かい合って座る
カップに口をつける
そんな動作だけ
翡翠くんは、全てを信じきって飲み干した
「せんせ……これでずっと…いっしょだね…」
やがてそのままゆっくりと、彼は意識を手放していく
俺は翡翠くんの頬に手を添えた
いつかの授業で褒めた、白くて小さくて、繊細な指
心の奥では、彼をずっと救いたいと思っていたんだと、今さら思い知る
「……ごめんね翡翠くん。君を誰も助けられなかった。俺も。でもせめて、これ以上誰かを傷つけないで。君の”好き”を静かに眠らせてあげたかった」
そして俺は家を出て、誰にも見つからないよう遠く遠くへ消えていった
新しい名前、新しい土地、新しい職場
生徒に優しくしすぎ過ぎないように
優しさが、誰かを壊す凶器にならないように
翡翠くんの狂気は、俺の記憶の中で、静かに今も呼んでいる
「せんせ、大好きだよ」って
そして俺は
ーー今でもその言葉に…涙をこらえる