※大森×藤澤 ふたりは恋人同士の設定です
はじめてリップを買ったのは、ミセスを組んで間もない頃。お世辞にも身体が強いとはいえなかった僕は、メンバーの中でも顔色の悪さはいっとうひどく、ファンから心配のお言葉をかけられるのも悩みのひとつであった。
そんな時にメンバーのあやかのメイクをみて、リップひとつで印象が変わるなと思ったのがきっかけだ。淡いピンクのリップなら雰囲気の柔らかな少女、深みのある赤ならかっこいいお姉さん、オレンジならドラムを叩いている時の彼女の印象にぴったりなエネルギッシュさを演出する。
自分ならどう変わるか。そう興味本位で集め始めたリップは気づけばケースひとつを埋めるくらいになっていた。
フェーズ2の開始にあたって、僕らはそれぞれのパーソナルカラーや顔タイプ、骨格タイプを診断してもらい、どんなものが自分に似合うのかを把握しておこうということになった。
「涼ちゃんがイエベ春で、僕と若井がブルベ冬かー」
「あーでも確かに分かる気がする。涼ちゃんは春!って感じだよなー」
「そうなの?自分じゃわっかんないなー。ブルベ冬にもさらに種類があるんだね、微妙に元貴と若井でも違うのか……難しいな。でも似合うって診断された色と自分の好きな色が被ってると嬉しいね」
僕オレンジとかビタミンカラー好きだからなぁ〜と機嫌良さそうに笑う涼ちゃん。対する僕は、オレンジや黄色は禁断色、つまり似合わないとされる色に入る。こんなことで拗ねるつもりはないのだが、ちっともお揃いがないことにちょっとだけ心の中で口を尖らせた。
「今度オレンジ系のメイク、練習してみようっと」
僕の心の内などつゆ知らず、うきうきの涼ちゃんの発言を聞いて、若井が
「そしたら今度オレンジのリップあげるよ。ほら、こないだ涼ちゃん服くれたじゃん俺に。お礼まだしてなかったしさ」
「えっ」
思わず声を上げたのは僕だ。不思議そうに2人がこちらをみる。
「あっ、いや、オレンジ系のリップなら僕たくさん持ってるし、今日の診断みてたら僕には似合わないみたいだし、涼ちゃんが使うなら譲ろっかなーって思ってたとこだったから」
慌てて矢継ぎ早にまくしたてると、気圧されたように涼ちゃんが
「元貴が使わないなら、じゃあ、そうしようかな。オレンジって言ってもいろいろあるから、そういうの試せるのもありがたいし……」
「そういうことなら、涼ちゃんへのお礼は別のものにするよ。なんか欲しいもんあったら考えといて」
2人が少しタジタジしているのをみても、さっきの自分の反応は不自然だったに違いない。でも仕方ないじゃないか。それにきっとこの先オレンジ系を使うのは減るだろうし。
解散後、ちょうどいいし今日リップを渡すからと涼ちゃんに家に来てもらった。
「うわぁ、いろいろある」
「アイシャドウとかもあるよ、オレンジ系試してみたいならこれとか、これもあげるよ」
「わー、でも本当にいいの?元貴だって使うでしょ?」
「んー、でもオレンジとか黄色とか、あんま似合わないって出てたし……」
「そう?でもこういう色とか、元貴も好きじゃない?」
細かなラメの入った黄色のアイパレットを手に取って涼ちゃんがこちらをみる。僕はそれに答えず、
「せっかくだし、なんかリップ試してみようよ」
と話を逸らした。
メイクにまだ慣れていないという涼ちゃんに、使い方を説明しながら色をのせていく。すこし赤みの強いオレンジリップを中心に黄色のグロスをのせてグラデーションを作る。かわいい。やっぱり涼ちゃんはこういうキャッチーなカラーが良く似合う。
「できたよ」
「ありがと……わー!すごい、なんだこの色、かわいい!どうやって塗ったのこれ!」
「ちょっ、説明聞いてなかったのかよ!だからー……」
鏡越しにパチリと目が合う。
「元貴はこういう色、好きじゃない?僕は赤色も好きなんだけどなー」
あっ、と心の中で小さく叫んだ。黄色は涼ちゃんのメンバーカラーで、オレンジは彼の好きな色。さっきお揃いがないことを憂いていたのは自分なのに、僕は自らその可能性を捨てに行ってしまっていたのだ。
「でも、似合わないって書かれてたから……」
言い訳がましくもごもごと口の中で喋りながら目を逸らすと、すっと顎に手を添えられ、唇に柔らかいものが触れた。
「……っ」
キスをされている、と脳が認識すると同時に体温が急上昇する。触れるだけの優しいキスだが、しっかりと顔を固定されているので逃げることが出来ない。やっと唇が離れた時、思わず息を止めてしまっていたために身体中の力が抜けてへたりとその場に座り込んでしまった。
「大丈夫?」
優しげな表情のまま、涼ちゃんが僕に目線を合わせるように座り込み、そっと頬に触れる。
「ほら、やっぱ元貴も似合うよ、この色」
あっ、いまお揃いだね、と自分の唇に人差し指をあてて微笑む涼ちゃんに、思わず、声にならない叫びをあげながら、自分の唇に触れた。涼ちゃんが時々発動するこの天然たらしな行動は本当に心臓に悪い。
「あ、でも元貴はこういう色好きじゃないだもんね。おそろいはだめか。悲しいなぁ……」
「ちがっ、嫌いとか言ってない!でも涼ちゃんと比べても似合わないから」
「似合うよ」
きっぱりとした声。
「似合うよ、元貴はどんな色でも似合う。どんな色だって、誰かが決めた指標じゃなくて、自分がどうしたいかだよ。元貴が作る音楽みたいに、無限大の可能性を秘めてるんだよ。……だから、僕の色を捨てないで。誰かに言われたからって簡単に手放さないでよ」
最後の方は声が少しだけ震えていた。
「僕がミセスに加入したばかりの頃にさ、よく、キーボード要らないんじゃないかって色んな人に言われたでしょ。それでも元貴は僕を必要としてくれた。絶対に手を放さずにいてくれたこと、すごく嬉しかったんだ」
そうか。涼ちゃんは僕が簡単にこの色を使うことをやめようとしたことに、自分を重ねてみていたのかもしれない。僕は、そっと鏡を手に取った。
「うん、ほんとだ。似合う。やっぱ僕、この色好きだよ」
涼ちゃんが嬉しそうに笑った。
「若井がリップくれるって言った時に、すごい勢いでもうオレンジとか使わないって言うから、なんか投げやりなようにみえちゃって……なんか女々しいことしちゃってごめんね?」
「えっ、それは違くて……」
不思議そうに涼ちゃんが小首を傾げてこちらをみる。
「いや、口紅を贈るっていうのはさ、「あなたにキスしたい」っていう意味があるの。だから僕以外に贈られて欲しくなかったというか……」
恥ずかしさで顔が真っ赤になっているのが分かる。え、知らなかった、かわいい〜と言ってこちらをにやにやと見つめ続ける涼ちゃんに
「あまりからかうのはよくないと思うな」
ぐっと肩に手をかけると、完全に気を抜いていたらしい涼ちゃんは、簡単に押し倒された。
「えっ、待って」
「僕以外からリップ贈られたりしたら、許さないからね?」
口答えができないよう、そのまま深く深く口付けた。
……
「あーっ」
翌朝、洗面所の方から聞こえる悲痛そうな涼ちゃんの叫びで目が覚めた。続いてドタバタと足音。
「も、元貴!今日撮影だって言ったじゃん!どうするの、この、この……」
動揺で肩を震わせながら、首筋に咲いた赤色を指さしてみせる。
「えー、いーじゃん。涼ちゃん赤色似合うもんね?」
「え、ありがとー。て、そうじゃなくて!」
もー、どうすんのさこれー、とぼやきながら洗面所に戻っていく涼ちゃんの背を目で追いながら、思わず笑みがこぼれる。
涼ちゃんは何色だって似合う。彼がその日、自分が好きだと思った色を纏えば、色が自ずと彼に応えるように、どんな色も彼を魅力的に彩る。
メンバーカラーの黄色を基調としたスーツも、夏の青空みたいな髪色も、ミステリアスな雰囲気を醸し出す紫色のアイシャドウも、無邪気な笑顔を彩るオレンジのリップも。彼は色を愛し、色に愛される。
でも彼にいちばん似合うのは、彼が愛し、彼をいちばん愛する色は、誰がなんと言おうと赤だ、と欲深い僕は思うのだ。
※※※
ミセスの3人って、いつも衣装とかメイクとかの色の使い方が素敵だなーって思ってたんですが、VOCEの記事を読んでから、3人の色への向き合い方に思わずハッとさせられました。メンバー内でメイク道具貸しあったりしててもかわいいなぁーと勝手に思ってます(笑)
コメント
4件
すっごく素敵です✨
最っ高ですっ!ほんとに!!✨この時を待ってました!これからも頑張ってください!