彼女の部屋。鍵を開けて中に入った五条悟は、軽く掃除を済ませたあと、冷蔵庫に持ってきたスイーツをしまいながら、口元に微笑を浮かべていた。
「ふふん、ちゃんと冷やしといたら感動するでしょ〜。僕って彼氏力高いよねぇ〜」
今日はめずらしく任務が早く終わった。
だから合鍵でこっそり家に入り、彼女を驚かせようとサプライズを思いついたのだ。
「驚く顔、めっちゃ楽しみ……あ、泣いたりして?」
そう、まさにそのとき――。
ガチャ。
玄関の鍵が回る音。
「ただいまー!まじ助かった、ほんとありがと!」
「いいって。じゃ、ここまでね」
男の声。
――は?
悟はリビングのソファから立ち上がると、玄関へ向かう。
「おかえり。……ってさ、どういう状況?」
彼女が玄関で靴を脱ぎかけたその瞬間、五条の姿を見て息を呑んだ。
「え……悟……?」
「そう、悟です。合ってます」
視線はまっすぐ彼女へ。
声は笑っているのに、目が全く笑っていない。
「君、さっき“助かった”って言ってたよね?彼氏置いて、男と、楽しそうに?」
「ちが、これは……」
男は気まずそうに一歩引いて、「じゃ、俺ほんとにこれで!」とそそくさに玄関から出て行った。
ドアが閉まった瞬間、空気が一変する。
悟はゆっくりと息を吸ってから、低く、でもはっきりとした声で言った。
「……で?今の、誰?」
「ただの友達!高校の同級生で、近くで偶然会って……荷物が重いから途中まで持ってくれて――」
「“ただの友達”と一緒に家に帰ってくるのが、普通の感覚?僕がいない時に、男と?君の家に?」
彼女が口を開きかけたけど、言葉が出てこない。
悟は苦笑して、髪をかきあげた。
「……あのさ、言っとくけど、僕今めちゃくちゃ怒ってるからね?」
「……わかってる。でもほんとに、何もなかったの。信じて」
「信じるかどうかっていう話じゃないよ。“見た”から言ってるの。君が、男と、楽しそうに歩いて、笑ってる顔」
声がどんどん荒くなっていく。
「僕、サプライズで会いに来たんだよ?嬉しい顔、期待してたの。……なのに、目の前であんなもん見せられて、どうやって笑えばいいわけ?」
「……っ」
「僕が、どれだけ君のこと考えてると思ってんの。どれだけ会いたかったか、何回も何回も、今日のこと考えて――」
言葉が止まった。
彼女を睨んだまま、悟は一歩下がった。
「……無理。今、顔見てたらムカついて仕方ない」
「悟、待って、ほんとに違――!」
「……やめろよ」
その言葉が、鋭く刺さった。
「今は、君に触られたくない」
悟は視線を逸らし、すぐに踵を返して玄関へ向かった。
手元も見ずに靴を履いて、ドアを開ける。
「ごめん。今日はこのまま帰るわ」
最後のその声だけ、少しだけ、悲しかった。
ドアが閉まる音。
そのあとに残ったのは、静かな部屋と、言葉を失った彼女だけだった
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