コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
東部陣地塹壕前に存在する広場では、『暁』と『血塗られた戦旗』が入り乱れる大乱戦となっていた。数は拮抗しており、純粋な腕っぷしによる戦いの様相を見せている。
荒波と凶悪な海の魔物に鍛え上げられた海賊衆、小柄ながら武器の扱いに長けて種族的に剛力を誇るドワーフ達。対するはフリーとは言え豊富な経験を積んだ傭兵達。
双方は一歩も引かず一進一退の攻防戦を繰り広げていた。
その中で味方を鼓舞しながら戦う猛者が居た。エレノアとドワーフのドルマンである。
エレノアは指揮そのものを腹心であるリンデマンに任せて、自らは両手に持つカトラスと身軽な身のこなしで既に数人の傭兵を討ち取り部下達を鼓舞。
ドルマンはエレノアが突出し過ぎないように抑えつつ数人を撃破して武勇を示しながら、味方全体に眼を光らせていた。
二人の奮戦は『暁』を勢い付かせ、このまま押し切れるかに見えた。
「船長ぉ!」
だが、それは一人の海賊の叫びにより打ち破られる。声の方へ隻眼を向けたエレノアの顔が強張る。そこには血塗れになりながらも笑みを浮かべる手下の姿があった。
「へへっ……楽しかったぜぇ……うぐぼっ!?」
その海賊は笑みを浮かべてエレノアに言葉を投げ掛け、次の瞬間口から剣の切っ先が飛び出し、血飛沫を上げながら倒れ伏す。その後ろには、返り血で真っ赤に染まったカサンドラが凄味ある笑みを浮かべながらエレノアを見ていた。
「待たせたねぇ、エレノア。ちょっとした余興は楽しんでくれたかい?」
「てめえ……ふざけたことしてくれるじゃないか。相変わらず趣味が悪いな、カサンドラぁあっ!」
わざわざ目の前で部下を惨殺されたエレノアは、自らの頭に血が昇るのを自覚する。
「安心しな、今回も殺さないでおいてあげるよ。そうだねぇ、次は右手を奪ってあげようじゃないか」
血の滴る剣をエレノアへ向けながら愉快そうに笑うカサンドラ。
「エレノア!」
「悪い旦那、ここは任せてくれねぇか?因縁はあるが、このアマを生かしといたら間違いなくシャーリィちゃんの邪魔になる!」
制止するドルマンに振り向かず言葉を返し、カトラスを握る手に力を込める。
「ああ、あのお嬢ちゃんかい?よし、決めた。アンタの目の前であの綺麗な顔を傷物にしてあげようね。そうすれば、ちゃんと弁えるだろう?」
「はっ!てめえの首なんざシャーリィちゃんに見せるまでもない。下水に流してやるからありがたく思いな!」
双方は同時に大地を蹴り、そして壮絶な戦いが始まった。
まるで舞うようにカトラスを振り蹴りを放つエレノアの連撃を、カサンドラは剣一本で受け流し、身体を反らせて避けていく。
「いくよっ!」
カサンドラはエレノアの攻撃を受け流しながら一歩踏み込んで、鋭い突きを放つ。エレノアは咄嗟にカトラスを交差させて受け止めるが、勢いが強く後ろへ弾き飛ばされる。
その隙を逃さず更に踏み込み突きを放つカサンドラ。エレノアは体制を崩すのを覚悟の上で、右足を真上に振り上げ、まるで剣を踏むように足を振り下ろす。
しかし、カサンドラの方が上手であった。切っ先の向きを切り替えて突きから真上に切り上げる。
カサンドラの剣はエレノアのブーツのみを切り裂き、真っ二つになったブーツが飛び素足が露になった。
「おやおや、船乗りとは思えないくらい白くて綺麗な足だねぇ」
「てめえ!舐めてんのか!?」
わざとブーツだけを切り裂かれたと察したエレノアは、手を抜かれたことに激昂する。
「はははっ!まだまだだよ!さあ、続きをしようじゃないか!素っ裸に向いてあげるよ!」
全体を見渡しながら二人の戦いを観察していたドルマンは、苦々しい表情を浮かべる。一連の動きを見ても、カサンドラはエレノアを上回る実力者であることが見て取れた。
戦いそのものはやや優勢ではあるが、二人の決闘次第では味方の士気に関わる。かといって助太刀しようにも『血塗られた戦旗』の傭兵達がそれを阻み近付くことが出来ない。
カサンドラの登場に合わせて姿を表した数騎の騎兵がジワジワと味方を押し始めているのだ。
「このままではいかん!長物を持ってこい!槍だ!騎兵に剣では分悪いわ!」
乱戦では槍などの長物は役に立たない。しかし騎兵に対処するには槍を使う方が有利となる。ドルマンの指示で塹壕内に待機して周囲を警戒していたドワーフ十名が槍を片手に戦線へ合流。騎兵への対処を始める。
しかしこの決断は予備兵力を使い果たすこととなり。
「むっ!?しまった!あの騎兵は囮か!まだ居ったか!」
乱戦を大きく迂回して『黄昏』へ向かう十騎の騎兵を遠目に確認し、ドルマンは自らの判断の誤りを思い知らされた。
カサンドラは自らと数騎の騎兵を囮にして、本命で『黄昏』を攻撃するように計画しており、ドルマンの決断によって見事にその策が的中したことを意味していた。
この時点で『黄昏』への被害は免れないと思われたが、ここで開戦前にリューガが放った言葉が足を引いた。
曰く、『黄昏』には大金が隠されておりそれらを自由に奪って良いとの言葉である。士気を上げるために使われた言葉であるが、これ程の被害を受けた彼らが何らかの見返りを求めるのは無理もない話であった。
慎重に陣地を突破した彼らは、町への途上に無人ではあるが有刺鉄線や砂袋を積み上げた陣地など厳重に管理された洞窟のようなものを見付ける。
「やけに厳重じゃないか」
「おい、宝物庫じゃないか!?」
「町の外れに、か?いや、じゃなきゃあの備えは説明がつかねぇか」
「姐さんに悪いが、ちょいと寄り道をしてもバチは当たらねぇだろ。宝を奪うだけでも奴等に一泡吹かせられる」
「それに朝から嫌な話ばっかりだ。ちょっとくらいは良い想いをしても、な」
彼らは発見した洞窟らしき場所へ意気揚々と乗り込んでいった。それを密かに追跡していたアスカが目撃。
「……ん」
彼女は特に表情を変えることなく、黄色い信号弾を打ち上げる。すなわち、『敵が陣地を突破するも問題なし』という意味を持つ色であった。
何故ならば、彼らが潜入した場所はダンジョン。シャーリィの師であるワイトキングが支配する場所であり、『暁』関係者以外が侵入した場合速やかに処理するようと契約を交わした場所なのだ。
シャーリィは分かりやすくするため、石油関連で出入りする『暁』の人間には赤い鉢巻を右手と頭に巻くように定めており、鉢巻をしていないものは例外なく敵と見なされる。
彼らがどうなったのか、その顛末については記さない。ただ放置されていた十騎の馬はそのまま『暁』の所有物となったとだけ記しておく。