ユスティシアは元々、別の世界線にある小さな村の近くで彷徨っていた、村とは何の関係も無い迷子だった。
それを可哀想に思った村長が、村の住民として彼女を一から育て上げたのだ。
生まれて間も無い頃から喧嘩っ早かったが、それと同時に優しく、弱きを助け、悪しきを挫く正義感の強い少女。それが彼女であった。
一般的な魔法はまだ習っていなかったが、ユスティは既に歴代の【日の魔女】しか扱えないと言われる古代魔法を扱うことができた。
村の子供たちからも信頼されており、慕われていた。その子供たちを連れ、大人の目を盗んで近くの森や洞窟に探検に行くなど日常茶飯事。
この平凡で幸せな日常が、まさか一夜にして失われるなど思いもしなかっただろう。
ある夜も更けた刻、村は突如として巨大な銀青色の龍に襲われた。
「グオオオオオオ…」
その龍は「海神龍様」と呼ばれ、平和な村を守り、そうでない村を浸水させて滅ぼす、伝承であり禁忌の龍…という設定らしかった。
しかし、ユスティは村を守る為に龍の前へ飛び出し、得意の古代魔法の一撃で退治してしまった。
炎に焼かれながらのたうち回る龍に、ユスティは言った。
「妾の大事な村には指一本触れさせぬ!」
結果、彼女は村で「伝承の存在を殺した魔女」として恐れられ、【魔女裁判】に掛けるかどうか、という恐ろしい話し合いが行われた。しかし、子供たちや村長はユスティを「脅威の存在から村を守った聖人」としてそれを真っ向から否定した。
ユスティも特に自分を危険な存在だとは思っていなかった為、子供たちや村長に加勢して自分は安全な存在だ、邪悪な魔女などではないと伝えたかった。ユスティが木の影から飛び出そうとした時、そこに一人の青年が現れた。
その青年の名をエース・ブランフォード。栗色の短髪に澄んだ群青色の目をもつ。ユスティが村の一員になる日まで、村一番の魔法使いだった。五大属性の扱いは空っきしだったが、その代わりに光属性魔法を極めており、夜間の作業や迷子の捜索と救出、村を襲う魔物の退治などに大変貢献していた善良な若者。【全ては村と人の為に】の主義を掲げ、村人からの信頼は非常に高かった。
息せき切って村人の輪の中に駆け込んできたエースは、蒼白な顔をして言った。
「アウルが…殺された!!」
その、細く震えながらも怒りを抑えきることができない声色が、事態の深刻さを物語っていた。
「俺は用事で街に行っていたんだ、それで、帰り道の山道で悲鳴のような声が聞こえたものだから木を掻き分けながら走って探したんだ…そしたら…」
「アウルが傷だらけで倒れていた…息は無かった…俺がもう少し早ければ…!」
竜髭菜色の髪に楝色の目、そして天使のように美しい顔立ちを持つ、ユスティの親友…アウル・サヴォイラ。彼はユスティ以外の存在なら誰に対しても丁寧な敬語で接する物静かで知的な少年だった。
アウルが……死んだ?
「───え」
驚きと悲しみの余りに漏れた絶句の声は、エースや他の村人の耳に入るには充分すぎる大きさだったらしく、勢いよくユスティを振り返った村人の一人が声を上げた。
「魔女だ!!捕えろ!!」
ユスティは受け入れ難い情報量が貯まって頭が真っ白になりながらも、まずは村人達の猛攻を躱した。
村人は、草刈り鎌や刀、斧等の刃物から、銃や弓矢等の射出系武器まで、様々な手段を使ってユスティを攻撃しようと追ってきた。
さすがのユスティも、数の暴力には敵わなかった…否、本当は瞬時に焼き払うことも出来たが、大切な村人を傷付ける訳にも行かなかった。
上手く抵抗できなかった彼女は軈て縄で縛り上げられ、地面に引き倒された。
「離せ!!妾は禁忌の魔女などではない!」
ユスティは拘束を解く【脱却魔法】を自身に掛けながら、再びエース達に訴えかける。
「じゃあ何故、龍を殺せた!?誰がアウルを殺した!?お前しか居ないだろうと言ってるんだユスティシア!!」
エースが怒鳴りつけ、魔女裁判に賛同している村人も同調する。
お前しか有り得ない、異常な魔法ばかり使いやがる、だいたい村の子供でもない、不気味だ、異界からのスパイだ、欺いて村を滅ぼす魔女だ、生かしておく訳にはいかない…
反論する間も生まれない程に矢継ぎ早に飛んでくる、なんの根拠も無い暴言。
ユスティは怒りと悲しみに我を忘れながらも、頭の中では一つの可能性が完成しつつあった。
…本当は、【可能性】にしておきたかったのかも知れない。
わかってしまった。それが【真実】であると。
「…」
ユスティは無言で飛び立った。【飛行魔法】が扱える村人が何名か追ってきたが、気に止めることなく、ただ、真っ直ぐ…行くべき所に飛んだ。
やがて、血と肉が焦げたような悪臭が立ち込める山道に入った。木を掻き分け、岩を飛び越え、匂いの終着点へ向かう。
そこには、やはりというべきか…アウル・サヴォイラが傷だらけで倒れていた。
『ユスティ。君の魔法は本当に素晴らしいね。』
翠玉のような綺麗な瞳をゆっくりと伏せ、アウルはユスティに笑いかけた。長い睫毛が小さく揺れる。その微笑が年相応ではないからか周りの子供達からは浮いていたが、ユスティはそんなアウルを美しいと思った。
彼の周りには揚羽蝶が楽しそうに飛び交い、花や樹木は彼を守るように佇んでいた。また、ユスティは美しいと思った。陽の光が切り株に腰掛ける二人を包む。ユスティは大きな伸びをした後、勢いよく立ち上がって豪快に嘯いた。
「妾は天才魔法使いじゃからな!そう思うのも訳ないじゃろう!」
『そうだね、ユスティ。』
彼はユスティの自信満々な発言に、貶しもせずに笑っている。ユスティも得意そうに笑う。この時間は、普段からケンカやじゃれ合いばかりをしているユスティにとってかけがえのない静かな喜びだった。
いつだったか…アウルは急に改まってユスティに問うた。
『ユスティ。君は何故、ここにいるの?』
予想外の問いに、ユスティは閉口した。しかし、次の瞬間には一寸の迷いもなく笑う。
「楽しいからじゃ。
お主がおる、皆がおる。
それだけが、妾にとっては楽しいのじゃ。」
アウルは珍しくその綺麗な目を見開き、しばらくユスティの太陽の様に明るい笑顔をまじまじと見た。ユスティもまたアウルの瞳を見つめ返す。
不意にアウルが吹き出した。初めて見る、
彼の少年じみた表情は、ユスティの心を悪戯に打った。
『本当に面白いなぁ、君って!』
「…アウル…お主…!」
ユスティの推理が正しければ、アウルは…。
震える手ですぐに死体の分析を始める。外傷、肉の腐敗具合、臓器の状態、胃の中の内容物。
「……やはり…」
身体中にできた傷は主に切り傷、そしてただの火傷だと思ったが、火傷の正体は【光属性魔法による火傷】だった。火炎によって焼かれ、煙で燻されたのとは違う、一瞬の強い光によって焦げた痕。原子爆弾の光による火傷と同じ理屈だ。
そして眼球の状態を見ると、網膜症になっていた。生きていたら失明していてもおかしくないぐらいの焼損具合だ。アウルから聞いたことがある。人間は強過ぎる光を目視することによって網膜が損傷すると。
つまり、【犯人は光属性魔法でアウルを殺害した後、炎属性魔法で殺したと見せかけるつもりだった】ということになる。
村で一番炎属性の扱いに長けているのは、紛れもなく不死鳥のユスティである。そして、光属性魔法の達人エースは、最初からユスティを疑ってかかった唯一の男だ。
紐解かれていく真実に、ユスティはその場に崩れ落ちた。
「…街からの帰り道…?
…嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ…!この山は街なぞに通じておらぬ…!村か海にしか出られぬ筈じゃ…!街は反対側じゃ…!」
そしてエースが【木々を掻き分けながら走って死体を発見した】のなら、無造作に木々を掻き分けて走った痕跡…つまり小さな切り傷が沢山できているはずである。先程ユスティが木の枝を掻き分けていた時も手や足、顔を切った。もう傷は自然に癒えてしまったが、エースはただの人間だ、そんな自然再生速度をもっているはずがない。
エースはユスティに、村人を殺したという偽りの罪を着せる為にアウルを山に呼び出し、殺害した。火傷させることでユスティの犯行だと見せかけたが、強い光を見た痕跡がある眼球の処理を忘れていた。
おおよそこんな所だろう。
「騙していたのじゃな…妾を悪者に仕立て上げる為に!」
四方八方から駆けてくる足音を聞いて、ユスティはこの上ない程の憎悪を抱きながら顔を上げた。
「観念しろ!忌々しい魔女め!」
「ふざけるな…貴様らは…貴様らに人の心というものは無いのか!!」
「厄災を呼ぶ魔女が笑わせる!捕えよ!!」
ユスティは炎の羽で飛び上がり、村人の武器だけを壊すという方法で無力化させていった。しかし、途中で、ふと恐ろしい事に気付く。
「貴様ら…村長と子供達はどうしたのじゃ…」
力を失ったように動きを止め、目を泳がせながら愛しい親と友を探す。
ユスティの身体中に穴が空く。羽も脚も撃ち抜かれ、力無く地面に伏せたユスティの目の前に、エースが立ちはだかった。倒れながら睨みつけるユスティを、ニヤニヤと笑いながら見下ろしている。
そしてエースは声を顰めてユスティに耳打ちした。
「魔女を崇める愚かな異教徒は全員死んだよ…俺という英雄の手によってな。」
「…」
『何が英雄だ、村の仲間を殺しておいて、何処の誰の何が英雄なんだ!』
『お前は馬鹿だ、大馬鹿だ!最低最悪の偽善者だ!』
『お前はお前を超える強者が現れたから悔しくて追い出そうとしただけだろう!』
『追い出したいなら自分だけを狙えばよかったのに!何故アウルを巻き込んだ!』
ぶつけたい気持ちは腐るほどあるのに、それのどれも声にならなかった。怒りと悲しみ、絶望が限界まで溜まると、生きものは黙るしかなくなるらしい。ただ、皮肉にもユスティの傷口は見る見るうちに再生し、無傷な体に戻っていく。
「………もう、よい。」
普段のユスティからは考えられないような薄ら寒さを纏った掠れ声で呟くと、ユスティは冷たくなった親友アウルを胸に抱き寄せながら慟哭した。
彼女の体中から、全てを焼き尽くすほどに大きな、憎悪の火炎が噴き上げる。辺り一面の人、木、岩、地面その全てが瞬く間に溶かされ、焼き切られ、燃やし尽くされ、灰になって風に舞い、最悪な形で消えていく。
村人が阿鼻叫喚の様相で炎に呑まれては消えていく。固まる者、逃げる者、慌てふためく者、迎え撃とうと身構える者、それら全てが灰儘に帰していく。
「…恐ろしい魔女が……これが貴様の望んだ世界か!?」
エースは少し離れた所で最上位の【防御魔法】を発動していたらしく、運良く絶命には至っていなかった。彼はユスティに憎悪の目を向けながら糾弾する。
魔力切れを起こしたのか、ゼエゼエと肩で息をしている彼に、ユスティは魔法で応える。
「───がは!?」
「…貴様は確かに優れた魔法使いじゃった。」
後方に吹き飛び、大木に叩き付けられたエースに、ようやくユスティは口を開いた。
「…貴様と、何か他の形で出会えていたら、良き友になれていたやもしれぬ。じゃがな、貴様は二つ、間違えた。」
「一つは、何の罪も無い彼奴らを殺したこと。もう一つは、其方が其方を愛してやれなかったことじゃ。」
エースは自分の居場所とプライドの為に大勢の命を犠牲にした。そんなことをしなくてもエースという人間をエースとして受け入れてくれる村という居場所があったのに、自身が一番ではない現状に耐えられずに許されざる罪を犯した。
それは彼が彼自身のことを愛してやれなかっただけに過ぎない。ユスティはそれに気付き、少しだけ憂いた。
エースは血を吐きながら後退ろうと足をバタつかせるが、後ろは樹木だ。後退れる訳が無いのに懸命に逃げようとしていた。極度の混乱状態なのだろう、彼の顔は蒼白だった。
「…貴様を殺せば、アウルの元に貴様が行く事になるかもしれぬ。もっとも、天国行きのアウルと地獄行きの貴様とでは有り得ぬ事じゃがの…もしもの話じゃ。」
ユスティはゆっくりとアウルの笑顔を思い出しながら背を向けた。
「──アウルはこんなこと望んでおらぬ。
もう消えてくれ、貴様の顔すら見たくない。」
ユスティは飛び立った。焼き尽くされて原型をも失った山と、住民を失った廃村、そして思い出の森を残して。
きっと自分は禁忌の龍を殺し、村を壊滅させた史上最凶の魔女として知れ渡っているのだろう。ユスティはそれでもよかった。
不老不死の火の鳥であり、禁忌の日の魔女ユスティシア・ディザスターは、まだまだ知りたかった。
アウルが教えてくれた、人の残酷さ、そして美しい程に儚い命という花の在り方を。
【蝋燭の羽が太陽の熱に溶ける】
【大量の愚者が地に堕ちていく】
【悲しく惨き力と歪んだ正義の】
【歯車が交わる日は永遠に来ず】
【更に世界を穢れに塗り替える】
【そして、一度穢れてしまったものは、壊しでもしない限り無かったことにはできない】
後に【魔聖戦争】と呼ばれ、多くの魔女と人類が殺し合い、世界線が灰儘と化すことになった最低最悪の戦争で、彼女は遂に死んだ。
愛した人たちの声を思い描き、疎外され憎まれた同士の死を抱え、ユスティは自身もろとも世界線を消し去った。
変わらない人間と自分達の悲しい運命に絶望しながら、世界という箱庭から完全に消え去った…
ユスティ(現世)↓
ユスティ(過去)↓
現世ではオレンジと緑のオッドアイ、「!」マークのハイライト、緑髪にオレンジのインナーカラー、緑のジャージで戦闘狂な火の不死鳥を重視したデザイン
過去はダウナーな金色の目にオレンジの髪、雑なヘアアレンジ、魔女っぽい衣装(なんか本当は悪役みたいな血色と黒のドレスに黒のローブ、魔女の帽子やらを着せたかったんだけど丁度いいメーカー様が思い浮かばなかったのです)でどちらかと言うと禁忌の【日の魔女】をイメージしたデザイン
です。
Q.【日の魔女】って何ぞや?
A.古代魔女の内の1人です。
古代魔女は【紅の魔女】【蒼の魔女】【白の魔女】【黒の魔女】【日の魔女】【月の魔女】【幻の魔女】【音の魔女】【大地の魔女】【虚空の魔女】として割り振られていました。
しかし【蒼の魔女】が世代交代を果たしたのを知り、他の古代魔女も次々と世代交代を始めました。【日の魔女】の3代目は人間で在りたかった人類でした。3代目は自身の運命を呪い、赤の他人である生まれたばかりのユスティシアに【日の魔女】という呪いを押し付けて人間として生きました。
つまり3代目に出会わなければユスティシアは、不死鳥でありながらも、せめて魔女という不吉な運命からは逃れられたかも知れなかったんですよね。
因みに世代交代をしていないのは【紅の魔女】と【白の魔女】、【虚空の魔女】だけだったりします。
今回はこんなかんじです
サヨナラ。
コメント
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やっぱ虚空の魔女は変わってないんや 想像以上に可愛くてビビった。エースとユスティの姿が