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モールを出ると、空は薄い茜に染まっていた。人混みの熱気と喧騒を抜けたせいか、肌にあたる空気がやけに冷たい。
蓮司は、さっき買った小さな紙袋を片手にぶら下げながら、相変わらずのんびりと歩いている。
遥は少し距離を空けて、後ろを歩いていた。
なにも話さない。
べつに話すこともない。
──そう思うのに、沈黙はなぜか妙に息苦しい。
蓮司の背中。
さっき「感情ないからさ」と言ったときの声が、耳の奥で反響していた。
(──だったら、なんで、あんなふうに笑えるんだよ)
遥は自分でも、何に苛立ってるのか分からなかった。
ただ、歩くたびに足元のコンクリートが、体を沈めていくように感じた。
「……なあ」
ぽつり、と声が漏れたのは、たぶん無意識だった。
蓮司が振り返る。
光の反射で、その目の奥は見えなかった。
「ん?」
遥は口を閉じかけた。
でも、もう止められなかった。
「……おまえ、なんで俺といるんだよ」
蓮司は少しだけ眉を上げた。
「なんで?」
「別に……好きなわけでもないだろ。
沙耶香のこと、言ってたじゃん。俺のこと、あいつに全部話してるって。
それ、あいつが望んでんだろ」
「うん。そうだけど」
あっさりと肯定されて、遥の喉がつまった。
「じゃあ……おまえが俺に触るのも、“あいつのため”ってわけ?」
蓮司は立ち止まった。
「違うよ」
静かな声だった。
でも、その静けさが逆に、遥の内臓を握りつぶすように冷たかった。
「俺は俺で、楽しんでるだけ」
「……“楽しんでる”?」
「ああ。おまえ、反応がほんとに面白いから」
その言葉に、遥は一歩、踏み出した。
「なにが、“面白い”んだよ」
「さっきさ、ガラスの前で、“おそろい”って言った時。
あのとき、ちょっとだけ、目が動いた。
そういうの、わかりやすいんだよ。おまえ」
遥の心臓が、ぎゅっと鳴った。
蓮司は笑っていた。
でも、目は笑ってなかった。
「“演じてるふりしてる演技”と、“本当に何も感じてない”の境目。
おまえ、自分で気づいてないけど、けっこう雑なんだよね」
遥の足元が、ぐらついた。
(──全部、見透かされてる)
だけどそれでも、笑うしかなかった。
「──じゃあ、演技、続けてやるよ。
おまえが楽しんでくれるなら、何でもするよ。
舌でも、腰でも、好きに使えよ。
“おそろい”でも“余りもの”でも──どうとでも呼べよ」
「うん」
蓮司は、さも満足そうに頷いた。
「そういうとこ。ほんとに、俺の好みだわ」
遥は、喉の奥で笑った。
乾いた音だった。
自分でも、それが笑いなのか、ただの呼吸音なのか分からない。
しばらく歩いたあと、信号の前で蓮司が言った。
「なあ、来週あたり──また“沙耶香の部屋”な。
あいつ、新しい下着、見せたがってたからさ」
遥は頷いた。
もう、それに何の意味も感じていない自分に気づいた。
──ただ、ついていく。
──ただ、演じる。
(でも──)
(……俺、なんでまだ、生きてんだろ)
誰に向けた言葉でもなく。
自分の中にも、答えはなかった。