テラーノベル
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「ダフネ。貴女が捨てるって言ってた中から一枚、リリアンナにあげてちょうだい」
「えぇ? でもあんな型遅れの色褪せたやつ、さすがにお姉さまでも着たくないと思うけど?」
面白がるように口角を上げながら、ダフネがエダの言葉に応じる。
「いいんだよ、どうせ数合わせみたいなもんなんだから。貴女の引き立て役にもなってちょうど好いでしょう?」
エダは笑いながらそう言い捨て、リリアンナに視線を寄越した。
「ドレスは準備できたわ、リリアンナ。特別にダフネの付き添いとして舞踏会へ行かせてあげる。ありがたいと思いなさいね?」
口をつぐんだリリアンナは、ただ静かに頭を下げた。恐らくは、バレた時にその場にリリアンナ本人を連れて来ていさえすれば、なんとか言い訳が立つとでも考えているんだろう。そのぐらいしか、例え粗末なドレスで恥をかかせる前提だとしても、エダがリリアンナを舞踏会に参加させる理由はないように思えた。
***
当日、リリアンナが袖を通したのは、ダフネが数年前に着古した、薄く色褪せたラベンダー色の流行遅れのドレスだった。
あちこちがほつれてボロボロになっていたけれど直すことは許されなかった。
リリアンナ自身も、化粧も施されず、髪は自分で編み込んだだけ。
華やかに着飾ったダフネと比べれば、その姿はまるで月とスッポン。他の令嬢たちが連れている真の従者の方がマシに見えるくらいだった。
リリアンナは招待状の名義人でありながら、その名を奪われ、粗末な付き人として会場へ入った。
「リリアンナ。ダフネから離れず一緒にいるのよ? 物好きな殿方から声を掛けられたらちゃんと踊りも踊るの。服がみっともないからって黙って隅に立ってるなんて許されないからね?」
エダに耳元でそう囁かれたものの、実際リリアンナには誰一人として声をかけてくる男性などいなかった。社交界用のダンスなんて幼い頃、両親が健在なころにかじったことがある程度だ。
壁際、カーテンに隠れるように立ち尽くしてキラキラ輝くシャンデリアの下、楽し気にダンスをする男女の姿を見つめながら、リリアンナは声を掛けられないことに心底ホッとしていた。
帰宅後ダフネから告げ口をされて、エダから言いつけをまもらなかったことを責められてしまうだろうけれど、これ以上恥の上塗りをするのだけは避けたかった。
そんな、壁の花にもなり切れていないみすぼらしいリリアンナへ、他の貴族たちが笑いを含んだ冷たい視線を向けているのが、俯いていてもイヤというほど分かってしまう。
それもそのはず。薄汚れたドレスだけならまだしも、リリアンナの足元は、ドレスだけ与えられて用意されないままに履き古された使用人用の汚い靴のままなのだ。
(早くこの場を立ち去りたい!)
その願いすらダフネが帰ると言い出すまで叶わないのだと分かっているから、リリアンナは誰にも気づかれないよう手のひらをぎゅっと握って屈辱に耐えていた。
若き貴族たちが煌びやかな装いで集い、年に一度の華やかな夜を謳歌している会場の片隅。
その熱気からわずかに外れた壁際で、黒髪の青年が控えめに佇んでいた。
彼の名はウィリアム・リー・ペイン。
貴族の家に生まれ、王都で男爵位を継いだばかりの若き統治者である。
この夜は出席者ではなく、王命により会場内の警備と監察の任に就いていた。
その視線の先には、周囲から疎外されている一人の少女がいた。
色褪せたドレス、手入れされていない髪、怯えたような眼差し――。
(……嘘だろう?)
彼は目を細めた。
(……あれは……まさかリリアンナか……?)
何年も前の、まだほんの幼い少女の面影が、ふと目の前の華やかな舞踏会の中に重なった。
くすんだ暗めの赤毛は、ここ――イスグラン帝国では珍しい髪色。そうそう見かける毛色ではないはずだ。そう考えると、信じたくないけれど……あの少女は間違いなくウールウォード家の令嬢、リリアンナ・オブ・ウールウォードだろう。
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