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先輩も主人公ちゃんも奥手なの尊い
続きほしい人いますかね
『第二ボタンの代わりに』
春の風は、どうしてこんなにやさしいのに残酷なんだろう。
校庭に並ぶ椅子。
揺れる桜。
胸元で光る、あの人の第二ボタン。
ずっと、見ていた。
言えなかった。
言ってしまえば、終わってしまう気がして。
卒業式が終わって、
「おめでとうございます」
の声があちこちで重なって、
先輩はたくさんの人に囲まれていた。
私は、少し離れた場所で立ち尽くす。
__今日、言えなかったら、
__一生、言えない。
手が震える。
喉が乾く。
それでも、足は勝手に前へ進んだ。
「……せんぱい」
振 り向いたその顔は、
いつも通り、少しだけ眠たそうで、やさしい。
「どうした?」
本当は、 “好きです”って言うつもりだった。
でも。
口から出たのは、違う言葉。
「……ボタン、ください」
一瞬。
ほんの少しだけ、先輩の表情が止まる。
周りがざわつく。
やっぱり言えばよかった、と胸が痛む。
すると先輩は、小さく笑った。
「それ、流行りすぎ」
そう言って、
胸元の第二ボタンには触れずに、
代わりに自分の名札を外した。
カチ、と小さな音。
「これなら返さなくていいだろ」
私の手のひらに、名札が乗る。
まだ、体温が残っている。
「……え?」
意味がわからなくて顔を上げると、
先輩はもう視線を逸らしていた。
「じゃあな。元気で」
それだけ言って、 春の光の中へ歩いていく。
私は、何も言えないまま、
名札をぎゅっと握った。
__どうして、ボタンじゃないんだろう。
帰り道。
一人になって、ようやく裏返す。
そこに、小さな文字。
油 性ペンで、
少しだけ震えた字で。
『好き』
一瞬、呼吸が止まる。
嘘みたいに、世界の音が消えた。
ああ。
気づくのが、遅い。
いつも、いつも。
視線も。
優しさも。
私の名前を呼ぶ声も。
全部、全部。
__私だけが、知らなかった。
春の風が吹く。
桜が舞う。
名札を胸に抱きしめながら、
私はやっと、声にする。
「……好きです」
もう、届かない場所へ。
第二ボタンの代わりに、
くれたもの。
それは、返せない想いだった。