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確かに偵察の報告の通り、王都の美は失われてはいない。雪の積もることのない鋭い屋根は変わらず星夜の如く煌めいて雲に鎖された天を指し、冬に見る夢を彫り刻まれた窓蓋は堅く閉じて沈黙を守り、雪に覆われた石畳でさえもその矜持を失うことなく整然と道を覆っている。とはいえ、いくつかの魔物は屋根の上を歩いたのだろう、あまりにも大きな重量だったのだろう、そして何か油めいた液体に塗れているのだろう。王都の美は一切損なわれていない、とは言い難かった。そしてやはり全ての魔物が元型文字の光に誘われて出払ったわけではないようだ。空にいくつか、通りには大勢、悪夢から抜け出してきたような禍々しい形の影が行き交っている。


ユカリたちは魔物の視界から逃れ、難民から集めた情報を頼りに地下街へと潜り込む。灯る火の無い地下にも関わらず、計算され尽くした明り取りによって僅かな日光が地下建造物の存在感を浮かび上がらせる。巨大な空間は地下にもかかわらず圧迫感が薄い。地上には見られることのない吊られた塔や円い防壁、地盤を支える柱や上下に行き交う橋ときざはし、そのどれもが建築家によって築かれた思想と彫刻家によって描かれた理想を表している。これほど大きな地下街は他に例がないとはいえ、魔物が通るには狭い通路も少なくない。


「何だか空気が澱んでる」と言ったのはグリュエーだ。


焚書官たちの中でも特に鼻が利くものを先頭に影よりも静かに地下通路を突き進む。


おおよそ都の三分の一ほど過ぎたところ、細い通路を進んで先を行く焚書官が立ち止まり、一団は息を殺して身を潜める。


魔物を送り込めないからといって地下を無警戒のままにしておくほどクオルは愚かではない、とユカリたちは分かっていた。そもそも小さな魔物も作れるかもしれない。蜥蜴を使役してもいた。魔法道具の研究者でもある。果たして何を仕込んだのか、先頭で立ち止まった焚書官の判断を待つ。


報告を待つ。


合図を待つ。


変化を待つ。


重い沈黙を切り裂くようにベルニージュが叫ぶ。「邪眼だ! 散れ!」


いったいその先に何があったのか、誰も確認することなく決めた通りに散り散りに逃げる。

ユカリはレモニカの手を引いて地上を目指す。沢山の足音が聞こえるが、他に誰がついてきているかは分からない。何人が犠牲になったのかも分からない。


「衣の位置は?」とユカリは尋ねる。

「変わらず王宮に」とレモニカは答える。


予想通り地上には待ち伏せがあった。しかし待ち伏せていた者は予想外だった。


吹雪を浴びながら、少しも苦に思っていない様子でクオルが屋根に腰かけて待ち構えていた。しかしレモニカの報告とは違い、常人の姿をしている。ただしただならぬ気配を纏っているのは確かだ。そして何やら無数の粘土板がクオルを取り巻いて巡るように浮いている。


ユカリが頼む前にグリュエーは周囲に吹雪を寄せ付けないようにし、ユカリを中心に辺りが凪ぐ。

ユカリは魔法少女の杖を手に取り、周囲を見渡す。魔物にも囲まれているが、ユカリとレモニカの他にいたのはベルニージュと二人の焚書官だけだった。


誰かが尋ねる前にレモニカは答える。「確かに王宮にあります。間違いありません」

「こうやって奇襲するために王宮に置いてきたんだよ」ユカリはクオルを睨みつけて言う。


焚書官の一人は剣を構え、もう一人は両手に炎を灯した。ベルニージュは二十を超える炎の獣を魔物たちにけしかけ、炎の鳥をクオル、そして粘土板にけしかける。

しかし粘土板の群れが優雅に空中を泳ぎ、クオルの盾になって炎を防ぐ。


クオルはいつもの調子で喋る。「三人揃っているのを見るのは久しぶりですね。前に見たのはいつでしたか。いつでしたっけ?」

「喋れたのですね」とレモニカが呟く。


たしかにレモニカの報告では、クオルが化け物のような姿になった後はずっと歌をうたっていたとのことだった。


「うーん。気になります。そう、いつもレモニカさんが足を引っ張って、三人揃わないことが多々ありました。思い出せません」


クオルの戯言を掻き消すように、ベルニージュが指笛を高らかに吹き鳴らす。するとユビスが勇ましく嘶き、ベルニージュを連れ去って、王宮の方へと走っていった。


「へえ。一人であの衣を奪いに? 大した自信ですね」


ベルニージュの残した魔法をグリュエーが煽って魔物たちを焼き尽くし、焚書官たちが切り裂いていく。辺りに鼻を刺すような異臭が広がる。


「クオルの方こそ」ユカリは魔法少女の杖を構えて言う。「ずいぶん自信に溢れているみたいだけど、何か変わったの?」

「ええ、変わりました。上り詰めたんです、私は。魔法使いの頂に!」クオルは屋根の上で立ち上がり、両腕を広げて演説でもするように呪文を唱える。「見てください。この力。何もかもを従え、遮る物はありません」


先程まで全ての生き物の温もりを奪おうと暴れ狂っていた吹雪が瞬きする間に掻き消える。一瞬の間に立ち込めていた雲が消し飛び、冬に相応しくない深い青空が我が物顔で天を覆う。


「私を辱め、嘲笑した者は、涙を流して命を乞うことでしょう」


太陽が南へと戻り、ぎらぎらと光を放つ。夏のように陽炎が立ち、石畳の隙間から青々とした草が生えてくる。


「私を慰め、同情した者は、笑みを浮かべて命を捧げることでしょう」


天から一本の槍が降り、焚書官の一人の胸を貫いた。焚書官は勢いのままに倒れ、血を吐いて死んだ。続いて降ってきた槍はグリュエーが吹き飛ばす。


「滅茶苦茶しないで」


ユカリは舞い上がり、クオルとの間に立ちはだかる粘土板に魔法少女の杖を叩きつける。そしてユカリが空中に【噛みつく】と、粘土板が破壊される。飛び掛かって来る粘土板を次々に【噛み潰す】。砕けた粘土板が辺りに散らばる。


「何で変身しないんですか? エイカさん。まるで呪い以外は防げないかのようです」


黒々とした蝗の群れのように、無数の槍が降り注ぐ。ユカリとレモニカと生き残った焚書官の周囲をグリュエーが唸りをあげて守ってくれる。


「それとも自惚れだったりします? ユカリ・・・さん。全力を出すまでもないとか?」

ユカリは空中で身を捻りながら、粘土板を叩き壊して言う。「気づいてたの?」

「私も馬鹿じゃありませんから。魔法少女の噂くらいは知ってますよ。見たこともないとんでもない魔法で変身する少女を見れば察せようというものです。さて、あまりそれを減らさないでください。お察しの通り、力の要なので」


粘土板が一斉に二人の焚書官に飛び掛かり、生きた焚書官と死んだ焚書官を捏ねくり合わせる。


「やめて!」そう叫び、ユカリは魔法少女の宝飾杖でクオルの頬を打ちのめす。


クオルは屋根から落ち、唸りながら身を起こす。赤くなった頬を庇い、しかし笑みを浮かべている。


「とっても痛いです。でも、うん。生きてるってことです」


もしも魔王少女の第四魔法が生き物も関係なしに噛み潰す力であれば生きてはいなかっただろう。

融合した焚書官は粘土板で質量を増し、屋根にも手の届く巨体を得て走り去った。王宮の方へ、ベルニージュの向かう方へ。


「ここにいたか、ラミスカ!」


通りの向こうからそう叫んだのはサイスだった。


「は? ラミスカ?」とクオルが呟く。「え? どっち?」

「秘密にしておいてね」とユカリはからかうように言う。

「エイカでもユカリでもなくラミスカ? 魔法少女が? エイカの? ラミスカ? ユカリ、ラミスカ。ああ! ああ! ああああ! 何で私は! 私はこうも愚図なんだ! なぜ気づかない! 愚か者め!」

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