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街のあちこちから大量の粘土板の群れが飛んでくる。空から通りの向こう地下街の入り口から。これまでにユカリが潰した量を遥かに超えている。


ユカリとレモニカは頭を抱えるクオルを捨て置いてサイスと共に逃げる。サイスは二人を導くように先を走った。


次々に粘土板が襲い掛かって来るが、グリュエーの築く見えない障壁は破れない。吹き飛ばされ、叩きつけられ、派手に破裂するが、量はまるで減っていないように見える。振り返るとクオルが追ってきていた。まるで重力から解放されているかのような軽やかな足取りながら、ぴったりと後をつけている。


「後でね。レモニカ」

「ご武運を。ユカリさま」


やっぱりこういう時は武運か、とユカリは心の中で呟く。レモニカは道を逸れ、ユカリはクオルから逃れつつサイスを追う。細い通りも素早くすり抜けて粘土板は飛んでくる。ユカリはグリュエーの追い風に背中を押されて走っているが、サイスには追い付けないでいた。クオルはユカリ、ラミスカに向かって何事かを喋っているがユカリには聞き取れない。


何度目かの角を曲がるとサイスを見失い、代わりに扉の開かれた民家を真正面に見つけ、ユカリは飛び込んだ。

少しあからさま過ぎないか、とユカリは危惧するが、クオルもまんまと飛び込んできた。


小さな民家だ。凍り付いたように静かな暖炉。屋根裏へと昇る梯子。吊るされた魚の干物に、乾いた芋。子供の背を測る柱の傷、日々の幸福を祈るおまじない。食卓には手の付けられていないスープ


扉が勢いよく一人でに閉じられる。薄い壁を通して波の音が聞こえる。岬の岸壁の近くまで来たらしい。


閉じた扉を振り返って、クオルは息を切らしつつも苦笑して言う。「あからさま過ぎません?」

「そうかもしれないけど、クオルの自信たっぷりな様子を見て、乗って来ると思ったのかもね」とユカリは答える。


クオルは閉じた扉に触れ、少し叩く。木の扉だが、硬質な音が響く。


「サイスくんの聖典ですかね。彼ももう首席ですしね。出るのは難しそうです。というかこれはエイカさんも出られないのでは? ああ、いや、そう、ラミスカさんだったのですね。ってことは魔導書の衣を取り戻すための時間稼ぎです?」


聖典という言い方を聞き、ユカリはチェスタのことを思い出す。チェスタもまた頑なに聖典だと言い張っていた。クオルも元は救済機構の尼僧だったという話も思い出す。


「私がクオルと少し話してみたかったってのもあるけどね。どうして、ラミスカを探していたの?」

クオルは息を整えて言う。「まだあなたが私の探すラミスカとも限りませんけどね。何せ――」

「ミーチオンでは珍しくない名前だからね。だからこそだよ。私のことなのか判断するために話して」


少なくとももう一人、ラミスカがこのサンヴィアにいることをラミスカユカリは知っている。


「まあ、構いませんよ」そう言って、クオルは部屋の端にある食卓の椅子に座る。


ユカリは梯子の段に腰かける。


「確かに、言われてみれば似ている部分がある、気がしますね。鼻の形とか」クオルはユカリの顔を見て、ユカリの顔を通して何かを見ていた。「まあ、なにぶん昔のことなので記憶もあいまいですが」


ユカリはそれに答えず、相槌も打たず、クオルが語るのを待つ。


「簡単に言えば、ラミスカは私たちの実験の被験者です。まあ、そう嫌な顔をしないでください」


ユカリは嫌な顔のままクオルに続きを促すように頷く。


「先生、メヴュラツィエ先生とともにおこなってきた深奥へと接近するための実験の一つですが、私たちにとって最も自信のある実験でした。掻い摘んで説明するなら、生まれながらにして力ある子どもを作る魔術の開発です。どうです? 心当たりはあります?」


自分と共に生まれた魔導書『我が奥義書』のことだろうか、と思いつつもユカリはおくびにも出さない。


「多くの妊婦、正確にはその腹の中の赤子を使ったのですが、ほとんどが生まれる前に死んでしまいました。ただ一人を除いて。彼女は産む前に腹の中の子を抱えて逃げてしまいました。少なくとも子供にラミスカと名付けることを教えてくれるくらいでしたから、それなりに信頼されていると思ったのですが。しかもですね。心優しい先生が良心を痛めたのか、実験のことを暴露しようとしたんです。私が必死に説得・・すると先生は再び研究に没頭してくれましたが、結局は救済機構うえにばれてしまいました。もう実験どころではありませんよ。そうして逃亡生活をしている間に、彼女が子供を産んだという噂を聞き、死産したという噂は聞きませんでした。それが十五年ほど前の話です」


クオルは既に狂気に落ちている、とレモニカは言っていた。そのことを思い出して、ユカリは汚い言葉を飲み込んだ。言葉は通じているようで、通じていないかもしれない。


「それで、実際のところどうなんです?」クオルはユカリの疑わし気な紫の瞳を見つめて尋ねる。「ラミスカさんのお母さん、ルキーナさんは生きてるんです?」

「ルキーナ!?」ユカリは思わず、鋭く声を発する。

クオルもユカリの反応に過敏に反応する。「知っているんです? いま、彼女はどこに?」


レモニカの変身した姿とまるで違っていたせいか、その可能性に思い至っていなかった。しかし考えてみればレモニカの変身した姿はあくまで実の母の記憶を持たない娘の想像の姿に過ぎない。

動揺を抑えきれないユカリを急かすようにクオルは何度も質問を繰り返す。


「どうなんです? ねえ? どうなんです?」

ユカリはクオルを睨みつけて答えた。「ルキーナはあの闇に呑まれたよ」


ルキーナが母エイカだったのなら、失ったのは母だけではない。弟か妹まで失ってしまったのだとユカリは気づく。しかし何か違和感がある。


「いったい何なの? あの闇は」ユカリは暗い声音で尋ねた。

クオルは首を傾げて言った。「闇? というのが何のことか分かりません」


ユカリはじっとクオルを見つめる。何か隠し事しているようには見えない。本当にクオルには分からないようだった。とはいえ気づかずに魔導書の力を使ってしまうことはままある。ユカリは誰よりもそのことを知っている。


ルキーナが怒り、メヴュラツィエとクオルを追っていたのは自分のためだったのだろうか。

今ならユカリにも分かる。生家を焼いた時に扉と窓を隠したのも、地下への扉、義母ジニの隠し部屋があることを分かっていたからだろう。

だとすれば魔導書の力を使ってチェスタの前に立ちはだかった自分の行いは母の願いを無下にしたことになる。


「ねえ、作戦は?」


グリュエーの囁きを聞いて、ユカリはすっかり感傷に浸っていた自分に呆れる。

素早く立ち上がって、グリュエーに乗って天井裏へと舞い上がる。窓が一つある。クオルの呼ぶ声など無視して、すぐにそこから飛び出すと、既に準備されていた魔術を利用して窓を取り外す。


「海に捨ててしまえ!」と叫んだのはサイスだ。


ユカリは全身で投げとばし、窓はくるくると回転しながら岬の下へと落ちていく。しばらくして民家の内から強い衝撃が発する。窓も扉も封じられた民家の内から水の流れ轟く音が聞こえるが、クオルの悲鳴は聞こえなかった。


ユカリとサイス、焚書官たちが警戒していると今度は海から、大波が断崖に打ち寄せたような轟音が響く。

そしてはるか下方の海からクオルが飛び上がってきた。夏に染められた濃い青い空に浮揚し、ユカリたちを呪い殺さん力強さで睨みつけると、何も言わずに王宮の方へと飛んで行った。


すぐにユカリたちも焚書官たちもクオルを追う。


しかしユカリの頭の中では多くの思考が渦巻いていた。ルキーナを名乗っていた母エイカ。魔導書と共に生まれたのはクオルの実験のせいなのだろうか。だがユカリを転生させたのは、あのププマルとかいう謎の獣のはずだ。しかしそもそも魔導書を集める使命を帯びたのに、魔導書と共に生まれたということ自体がいかにも不自然な話だ。


ふと、違和感の正体に気づく。ユカリはルキーナの、エイカの最後の言葉を思い出す。

ユカリはルキーナを母エイカの知人だと思っていた。だから母が生きていると教えられ、当然エイカのことだと思った。しかしルキーナが産みの母エイカなのだとすれば、別れ際のルキーナの言葉の意味が変わってしまう。

君のお母さんは生きているってこと、伝えておかなきゃと思って。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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