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その日は朝からなんとなく体が重かった。
授業中も集中できず、時計の針ばかりを目で追う。
お腹の奥が鈍く痛み、汗がにじむ。
昼休み、立ち上がった瞬間――視界がふっと揺れた。
机の端をつかもうとしても、力が入らない。
「……っ」
膝がガクンと落ち、床に座り込む形になる。
「〇〇!大丈夫か!」
驚いた声が耳に飛び込み、顔を上げると吉沢先生が立っていた。
いつの間にか駆け寄ってきていて、周りのクラスメイトに声をかける。
「保健室……いや、俺が連れていく」
腕を支えられ立ち上がろうとしたけど、足が思うように動かない。
「歩けないだろ、乗れ」
そう言って背を向けてくる先生。
「えっ、いや……」
「いいから」
有無を言わせぬ声に押され、仕方なく背中に身を預けた。
先生の背は思ったより広く、揺れるたびに安定感があった。
それなのに、鼓動がやけに近くて落ち着かない。
「……冷えてんじゃないのか」
耳元で低くつぶやく声が、妙に優しい。
「もう少しだから、我慢しろ」
その言葉に、なぜか胸の奥がきゅっと締めつけられる。
保健室ではなく、そのまま家まで送られた。
玄関先でおろされると、先生は少し眉をひそめて言った。
「無理すんな。……じゃあな」
背を向けて去っていく後ろ姿を、なぜかずっと目で追ってしまった。
数日後、体調もすっかり良くなって、学校帰りに駅前を歩いていた。
日が沈みかけた商店街は人通りも多く、にぎやかな声があちこちから聞こえる。
「ねぇ、お姉さん、ちょっと待ってよ」
突然、後ろから軽い声がかかった。
振り返ると、二人組の若い男が立っている。
笑ってはいるけど、その目つきに妙な圧を感じた。
「一緒にご飯でもどう?」
「そんな警戒しなくていいって」
肩に手が置かれた瞬間、ビクリと体がこわばる。
「や、やめてください」
避けようとしても、腕を掴まれた。
「大丈夫、大丈夫」
無理やり笑顔を向けられ、背中に寒気が走る。
手首に食い込む指が痛い――声を出そうとしても、喉が詰まった。
「……おい、何してんだ」
低い声が響いた。
振り向けば、そこには吉沢先生が立っていた。
スーツ姿のまま、冷たい目で男たちを見下ろしている。
「生徒に触ってんじゃねぇよ」
男たちが言い訳を始める前に、先生は〇〇の腕を引き寄せ、自分の後ろに隠した。
「触られたくなかったら、早く行け」
その声音は鋭いのに、背中越しに感じる存在はやたらと頼もしい。
男たちは舌打ちして去っていった。
気が抜けた瞬間、腰ががくんと落ちる。
「おい、立てないのか」
「……ちょっと、足が」
「仕方ねぇな」
先生は軽くため息をつき、背を向けた。
「乗れ」
前にも似たやり取りをした気がするけど、今は抵抗する気力もない。
背中に乗った瞬間、安心感が全身を包む。
先生の歩幅と心音が、妙に落ち着かせてくれる。
家の前に着くと、先生はしゃがんで〇〇を下ろした。
「ほら、もう大丈夫だろ。じゃあな」
踵を返そうとしたその袖を、思わず掴んでしまう。
「……あの、もう少しだけ……いてくれませんか」
自分でも理由がわからない。
ただ、この背中が完全に離れてしまうのが、どうしても嫌だった。
先生は振り返り、短く息を吐くと、ゆっくり頷いた。
「……少しだけな」
第5話
ー完ー