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文化祭当日。体育館のステージは満員の観客で埋め尽くされ、スポットライトとスクリーンが交差する中央には、彼女——Vチューバー・“ユウ”が映し出されていた。
『皆さん、こんにちはっ! 画面の向こうから、あなたの心にアクセスするVTuber、ユウです!』
その声に、観客たちの拍手が一斉に巻き起こる。スクリーンの中の男性アバターは笑顔で両手を振り、画面を通じて会場との対話をうまいこと続ける。
アバター越しのはずなのに、まるで生身の人がそこにいるような迫力とぬくもりを感じた――会場がひとつに包まれた瞬間だった。
「……すげぇな、マジで」
ステージ脇でその様子を見守りながら、思わず声を漏らした。あのとき咄嗟に閃いたアイデアが、こんなにも人を笑顔にするなんて——それは想像以上だった。
「葉月……」
肩をぽんと叩かれて、視線がふと横へ滑った。振り返ると、そこには氷室の穏やかな笑顔があった。体育館の照明が彼の輪郭を柔らかく照らし、今日はいつもより表情が穏やかに見えた。
「君の提案が、あのステージを成功に導いた。どうもありがとう」
「いや、俺だけじゃないよ。あのあと氷室がたくさん動いて調整とか、いろいろしてくれたから、こうして大画面でユウを見ることができて……」
うまく言葉が続かなかった。言いかけた感謝も感情も、うまく形にできずに口の中で溶けていく。気づけばステージは最後の挨拶へと入り、ユウの声がスクリーン越しに響いた。
『今日の出会い、絶対に忘れません。いつかまた、どこかでお会いしましょう!』
盛大な拍手と共に、ゆっくりとスクリーンが暗転する。祭りの熱が、ひとつの終わりを迎えた。
たくさんの観客が去り、片付けがはじまる頃。俺と氷室はふたりきり、ステージ裏の一角で装飾を外していた。静かになった空間で、氷室の横顔を見つつ小さく呟いた。
「氷室さ、今日……どうだった?」
布を畳みながら投げたその問いは、ただの感想を聞く言葉じゃなかった。もっと深く、心の奥を覗き込むようなものになる。
氷室は少しだけ手を止めて、ゆっくりと答えた。
「そうだな……すごくやりがいを感じたし、とても楽しかった。君と一緒に準備して、君のアイデアでみんなが笑って。それが、なにより嬉しかった」
その言葉が胸に響いて、心臓が高鳴るのを止められなかった。
「……そっか。それを聞けてよかった」
俺は胸の高鳴りが抑えきれなくなり、思わず氷室の手に触れる。驚いた氷室が、目を見開いて固まった。
「ありがとう、氷室。あの日、傘を貸してくれて。図書室で課題を手伝ってくれて。今日まで、ずっと一緒にいてくれて……俺、ずっと……あの、氷室のことが……気になってたんだ」
それ以上、うまく言葉にならなかった。正直なところ、想いを伝えるのが怖かった。でも、もう黙っていられない。
氷室はゆっくりと重ねた俺の手を取り、しっかりと握り返してくれた。
「俺もだよ。葉月」
ステージの余韻が残る空間で、ふたりはただ見つめ合った。
「氷室これからも……一緒にいてくれる?」
「ああ。こうしていつも一緒に、君とちゃんと向き合っていたい」
そう言って氷室が、ふわりと笑った。
その微笑は、雨の日の儚いはにかみよりも、もっと近くてあたたかかった。離れていた時間がすーっと縮まったような……もう、これは現実なんだと思えた。
体育館の窓から差し込む夕陽が、ふたりの手を金色に照らし、まるで新しい季節のはじまりを告げているようだった。