テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
れもんてぃ🍋
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
怪我とケーキ
・・・・・・・・・・
鬼殺の任務で怪我をした。左腕がズキズキ痛む。動かそうと思えば動かせるけれど激痛が走る。しかも患部が青紫色に変色していて、医学の知識がない自分でも只事ではないと分かる。
俺の様子がおかしいと感じたらしい柊依さんに見せるよう言われて、心配させたくなかったけれど渋々袖を捲って見せた。怪我をして2日くらい放置していたせいで、腕の変な色の範囲が拡がってしまっていた。予想以上に酷い状態に、柊依さんは一瞬目を見開いて固まって、すぐに俺を蝶屋敷に連れて行った。
「うーん。折れるまではいってないみたいですが、ヒビが入ってますね。しかもかなり深くて広い」
『やっぱりね。……もう。なんでこんなになるまで放ったらかしたの』
いつも優しい胡蝶さんと柊依さんが眉を寄せて俺を見た。
「えっと…、その……。ごめんなさい」
言い訳するだけ無駄だと察し、素直に謝る。
「3週間は任務も鍛錬も禁止です」
「えっ!そんなに!?」
「当たり前です。3週間後にまた診せてください。復帰はその時の経過次第ですからね。分かった?」
「はい……」
お大事に、とやっといつもの優しい笑顔を見せてくれた胡蝶さん。
『…というわけだから、ちゃんと安静にしてるのよ?』
「うん…」
蝶屋敷からの帰り道、柊依さんがさっきとは異なり眉をハの字に下げて俺を見た。
『こんなになるまで我慢して……。有一郎くんが頑張り屋さんなの分かってるけど、痛い、きつい時はちゃんと言わないと。無理はよくないわ』
「ごめんなさい…」
『怒ってるわけじゃないのよ。心配してるの』
「うん…」
柊依さんが俺の頭をそっと撫でた。
『しっかり治してね』
「うん」
屋敷に帰り着き、無一郎や隠の人たちに事情を説明した。みんなすごく心配してくれた。
幸い、怪我をしたのは左腕だったから。利き手は普段通り使える状態で助かった。食事の時にお箸を持つのも、文字を書くのも、何か作業をする時も、右手でどうにかなった。ただ、片手では褌を着けるのが結構大変で。隠の人が猿股を買ってきてくれて、それは柊依さんの気遣いだと教えられた。ちょっと…、いや、大分恥ずかしかった。でも助かったし嬉しい気持ちもちゃんとあった。
鍛錬も任務も禁止の3週間はとてつもなく長く感じた。3週間も経てば、三角巾で左腕を吊るすのものにも慣れて大分速くなった。
今日は蝶屋敷で診察だ。道も覚えているし幸陽だって付き添ってくれるのに、柊依さんも付いてきてくれた。
「…うん、ちゃんと治ってるみたいですね。よかったよかった」
「ほんとですか!」
「ええ。私が言ったことをちゃんと守ったんですね。偉いですよ、有一郎くん」
『よかった〜!』
胡蝶さんの言葉にほっと胸を撫で下ろす俺と柊依さん。
「もう任務に出ていいですか?」
「まだいけません。まずは機能回復訓練からですね。3週間休んでいたから体力が落ちてる筈です。慌てずしっかり身体の感覚を取り戻してください」
「あ、そっか。分かりました」
「機能回復訓練は蝶屋敷で受けていいですからね。なほたちもいますし」
「はい」
『身体を柔らかく解すストレッチなんかは私もできるし、屋敷でじっくりでもいいからね』
「ありがとう、柊依さん」
柊依さんと一緒に蝶屋敷を後にした。
その帰り道。
『有一郎くん、甘いの食べに行こっか』
「えっ!なんで?」
突然の柊依さんの提案に驚く。
『お祝いよ。ちゃんと言われたことを守って怪我を治すのに専念してたし。ご褒美。美味しいケーキでも食べに行こう』
「…うん!」
誘惑に勝てず、素直に甘えることにした。
柊依さんのおすすめの喫茶店に入る。お洒落な建物。店内のショーケースには色とりどりのケーキが並んでいた。
好きなケーキと飲み物をそれぞれ注文して案内された席に着く。
俺はチョコレートケーキとホットミルク、柊依さんは苺のタルトと紅茶。
柊依さんが時々屋敷でケーキとか外国のお菓子を作ってくれてそれを食べていたから、フォークを使うのも大分上手くなったと思う。
チョコレートケーキの端をフォークでひと口大に切って口に運ぶ。
「美味しい!」
『よかった。ここのお店、私のお気に入りなの。次は無一郎くんも一緒に来ようね』
「うん!…無一郎の奴、俺が柊依さんと2人でここに来たって言ったら拗ねるだろうな」
『まあ、それは仕方ない。今日はおみやげのケーキ買って帰って、それで許してもらいましょ』
「そうだね」
柊依さんと顔を見合わせて笑った。本当に、“お姉ちゃん”ができたようで嬉しい。
鬼殺隊に入らなければ、稽古をつけてもらうことも、こんなふうに柱の柊依さんとお茶するなんてこともなかっただろうし、そもそも、柊依さんと出会ったのは俺が鬼に襲われたのがきっかけだ。皮肉なものだな……。鬼のいない世界で、杣人の息子とごく普通のお姉さんとして出会っていたら、どんなにいいだろう。
『有一郎くん?』
「あ、ごめんなさい。考え事してた」
『そっか』
柊依さんが微笑んだ。やっぱり大好きだなあ。
残りのケーキを食べて、ホットミルクも飲んで。お会計の後、柊依さんと一緒に無一郎や隠の人たちに差し入れる分のケーキと、屋敷で食べる俺と柊依さんの分のケーキを選び、帰路についた。
「……柊依さん…」
『なあに?』
「…手…、繋いでもいい?」
『うん、いいよ』
普段はなかなか言えないけれど、今は俺が柊依さんを独り占めできる時間だから。思い切って甘えてよかった。
柊依さんの手は、まめが潰れて硬くなったところもあるけれど、華奢で綺麗な手だった。
「兄さんばっかりずるい!僕も柊依さんとケーキ食べに行きたかった!」
案の定、俺の話を聞いた無一郎がぶすくれる。
『ごめんね。今度一緒に行こうね。無一郎くんはケーキ2個食べていいから』
「ほんと!?やった!」
すっかり機嫌を直した無一郎が、嬉しそうにケーキを選んでいる。
「これとこれにする!柊依さんありがとう!」
「花柱様、本当に我々もよろしいのですか?」
『もちろん。みんなで食べましょ。その為にいっぱい買ってきたんだから』
「ありがとうございます!」
仕事中だった隠の人たちも一緒に、柊依さんが淹れてくれた珈琲や紅茶でひと息つく。珈琲を初めて飲んでみて、あまりの苦さにびっくりした。俺の反応を見た柊依さんが笑いながらミルクと砂糖を差し出してくれて、それを入れたら飲みやすくなって美味しかった。そしてまた驚くことに、無一郎は砂糖もミルクも入れることなくブラックで珈琲を味わっていた。
続く