テラーノベル
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馬たちのにおいが混じる空気と、干し草の香りが鼻をかすめる。
厩舎の手前まで来たところで、リリアンナはパタリと足を止めた。背後からナディエルがそんなリリアンナにやっと追いついて息をつく。
「……あれ?」
入り口付近で掃除道具を持ち、通路にこぼれた藁を丁寧に集めている人物の姿が目に入ったからだ。
日除けの帽子を後ろにずらした青年。薄汚れた作業着。精悍な横顔。
リリアンナが見間違えるはずもない――。それは、カイルだった。
「……カイル?」
リリアンナの戸惑いを含んだ呼びかけに、通路にこぼれた藁を掃き集めていた青年が、はっとして顔を上げる。
そうしてリリアンナと目が合うなり作業の手を止め、帽子を脱いで一礼した。
「リリー嬢……! こんな時間にこちらへいらっしゃるとか! 何か御用でも?」
その声には、どこかぎこちない緊張が滲んでいる。
リリアンナはそれを訝しく思いながらも、カイルの方へ歩きながら告げた。
「少しだけ時間が出来たから馬たちの様子を見に来たの。カイルがいなくてみんな寂しがってるんじゃないかと思っていたんだけど……いたのね?」
さらに進もうとするリリアンナの上着を背後からナディエルが引っ張った。
「ナディ?」
普段、リリアンナがお転婆をしてもそんなことをしない侍女の態度に、リリアンナが小首をかしげる。
「リリアンナ様、戻りましょう?」
そうナディエルが言ったのと、
「本日は馬たちが不安定でして」
カイルがまるでそれ以上リリアンナを厩舎へ近付けたくないみたいに一歩前へ進み出て、腕を広げて立ちはだかるようにしたのとがほぼ同時だった。
「えっ、あの……カイル?」
二人に揃って制止されたことで、リリアンナは思わず戸惑ってしまう。けれど、それでも〝せっかくここまで来たのに〟という思いは消えなかった。
「申し訳ありません、リリー嬢。今日は厩舎内にはお入りいただけません。馬たちが過敏になっており、非常に危険です」
リリアンナはきょとんと目を瞬かせ、やや不満そうに眉をひそめた。
「そんな……。あの、ちょっと見るだけでもダメ?」
リリアンナが引き下がらないのは珍しい。ナディエルが「リリアンナ様」とたしなめる声に重なるように、
「申し訳ありません。屋敷内へお戻りください」
カイルが一歩も引かず、そればかりか即刻邸内へ入るように促してくる。
その毅然とした態度と、先程屋敷内で感じた違和感。
ナディエルは、よく分からないまでも、カイルがここまで言うからには従った方がいいと強く思った。
「リリアンナ様、カイルもああ言っていますし……戻ってお勉強の続きをいたしましょう?」
ナディエルの言葉に、リリアンナは思い出したように口を開いた。
「そういえば……クラリーチェ先生の送迎って、誰が行ったの?」
その問いに、カイルは一瞬驚いたように言葉を止めたが、すぐに短く答えた。
「クラリーチェ先生は、ラウロが馬車でお送りしました」
「ラウロ……って?」
リリアンナが聞き慣れない名前に小首を傾げると、カイルが簡潔に補足する。
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