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あの事件からもう六十年近くが経とうとしている。
私は未だに、あの悲劇の事件を全ては思い出せていない。医者曰く、あの事件を間近で目撃したことによるショックで、記憶障害を起こしているとのこと。
もう随分と前の話になるのだが、今になって真相を知りたくなってしまった。できれば、彼の口から直接聞きたかった。当時の新聞の記事をテーブルに並べ、使用人が淹れてくれたコーヒーを一口飲む。口の中に広がる苦みと酸味が癖になる。まだ、若い頃はコーヒーよりも紅茶が好きだったが、この歳になってようやくこの美味さに気づくことになるとは、思わなかった。
玄関でベルが鳴ったので、使用人が急いで玄関へ向かった。どうやら、彼の<代理>さんが来てくれたようだ。
使用人の後を追うように、玄関へ向かうと、あの時と容姿が変わらない人物がいた。イカれた帽子に、女性のような男性のような人。彼のお弟子さんだ。
「いらっしゃいませ、お待ちしてましたわ」
「遅れてしまって申し訳ない。先生は、残念ながら…」
「ええ、お話は聞いてます。災難でしたね? その、彼の足は治らないんですか?」
「技術面の問題がデカくて。先生を治せる技術者が見つかるまで、当分は車椅子生活です」
「そうなのね…。じゃあ、約束通り、聞かせてくれるかしら?」
使用人に下がるように言うと、私とお弟子さんはリビングへ向かった。二人で向かい合うようにソファーに座る。お弟子さんはイカれた帽子のつばを少し深めに引っ張り、静かに口を開いた。
「その前に、貴方の話もお聞きしたい。あの日、何があったのか。明らかにする必要がある」
「そうですね…。モヤのかかった空白の記憶。それを明らかにするためにも私からも、お話しますわ」
「そうしてくれると助かります。では、昔話をしようか」
お弟子さんは懐から一冊の手帳を取り出した。
モヤがかかった空白の記憶。それが今、六十年越しに語られる。