テラーノベル
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レンコン 煮付け
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それから数か月、宗一郎の動きは速かった、彼は竜馬達の会社「JBOYカンパニー」をあっさりたたみ、ジャスティンの会社「メガロス・アレン・エンタープライティス」は表向きの見解では、体調を崩したCEOが在宅勤務に切り替え療養期間として家族とより多くの時間を過ごすことにしたとなっていた
竜馬と宗一郎はジャスティンの屋敷の来客用の特別室を仕事部屋にして、竜馬はここ数年の「年間月次報告」を徹底的に頭に叩き込み、宗一郎はひそかに経営陣と連絡を取り続け、毎日の提案や報告書を見直したりした
こうした状況が数か月続き、ジャスティンの屋敷で竜馬と宗一郎が仕事部屋にしている場所に、幹部や最高財務責任者達が出入りするようになった頃、株価はゆっくりと再び上昇しだした
ようやくジャスティンはほくそ笑んで、ベッドの中でアイスクリームを優雅に食べれるようになり、部屋の壁掛けテレビには株価指数ではなく、トムとジェリーがいつまでも映っていた
。 .:・.。. .。.:・
ジャスティンが気分が良い日は、二人は必ずミシガン湖の畔を散歩に出かけた、しかし彼の体調がすぐれない時は、屋敷の裏の庭か納屋に行くのが精一杯の日もあった
そういうときは納屋の木の壁に二人でもたれて座り、初めて二人が会った時の昔話に花を咲かせた、逆に彼が最も体調が良い時は、何キロも歩いて竜馬を驚かせ、心配させたりもした
それでもとりとめのない話をしながら、散歩道や草原を抜けミシガン湖の畔に降りていくのは楽しかった、竜馬はジャスティンがこの家を購入した理由がよくわかった、なぜならここは天国に近かった
「早朝に来たときは、鹿の親子を見れるんだ」
「へぇ~・・鹿?」
竜馬は日の光に照らされているジャスティンを見る度その姿を記憶にとどめようとした、竜馬の愛した男の最後の日々を記憶にとどめ、あとからその生き生きとした瞬間をもう一度生きるのだ
だがその反面・・・今のジャスティンの姿を覚えていたくない気持ちもあった、どうせ思い出すなら元気だった頃のジャスティンのほうがいい
さんさんと降り注ぐシカゴの太陽の下、ナルシソホテルのプールではしゃぐジャスティン・・・弓のように弾力のある綺麗な背中、銃を撃って競い合った時、竜馬の腕を叩きながら笑い崩れる姿・・・歯磨き粉を歯ブラシにソフトクリームのように大量にひねり出す癖・・・
ミシガン湖から吹き付ける風で、毎回金色のタワシのようになっている金髪・・・
「ジャスティン・ジャスティン」とめいめいが叫ぶカモメの大群の中で、凛としてたたずむ姿・・・まるで宇宙の使者のようだ
ウェンディの子供の、ドロシーを抱き上げる優しい手・・・また再び会えてよかった・・・竜馬は心から思った、こうして二人で過ごす時間が残っていてよかった・・・しかし愛する人が少しづつ弱って行くのを見届けるのは思ったより悲しくて、神経がすり減るものだった
ジャスティンの肉体が、エネルギーがゆっくりと・・・容赦なく、ひき臼のようにすり減っていく事実に向き合うのは、竜馬にとって・・・とても心が痛み、辛いものになっていた
。 .:・.。. .。.:・
ある日、二人で湖畔をゆっくり散歩している時に、突然ジャスティンが立ち止まって、秋の枯葉のように体を二つり折にした、竜馬が倒れる前に慌てて腕を回して支え、寄りかかれる岩を探して座らせた
小さくなった肩にショールを掛けなおし、なにかしてあげれることはないかと竜馬は必死で考えた
「ジャスティン・・・大丈夫?」
心配でたまらず、家族であり、兄であり、そして愛している男の傍らにひざまづいた、ジャスティンは咳込み・・・声は立てなかったが激しく体を震わせた
ようやく発作がおさまると大きく呼吸した、息が吸えるようになったのだ、肺がんの末期の症状で、時々呼吸ができなくなる、そんな時はジャスティンの中の肺の癌細胞が悪さをしているのだ
「苦しい・・・竜馬― 」
率直な言葉だったが、竜馬を見ていれないのか彼はずっと目をつぶっていた
「うちに帰ろう!ジャスティン!点滴を受ければ・・・きっと暴れている細胞を落ち着かせることができるよ― 」
浅い息をして彼は頭を振った
「胸にナイフを突きつけられたようだ・・・」
ジャスティンはようやくゼイゼイと言葉を発した
「俺が・・・言いたいのはそういうことじゃないんだ・・・死ぬのは少しも怖くない・・・だが・・・こういう風にじわじわとやられるのが堪らないんだ」
そこで目を開け、じっと竜馬の視線を受け止めた、体を震わせるたびにどこか穴が開いているんじゃないかと思うぐらい、呼吸音だけが聞こえた
「こんな風にじわじわ死ぬのは嫌なんだ、竜馬・・・もう終わりにしたい 」
ジャスティンは納屋を指さして言った
「あそこに猟銃が置いてある・・・お前ならできる・・・竜馬・・・俺の最後の頼みだ・・・俺を撃ってくれ・・・ 」
その言葉に竜馬はあんぐりと口を開けた
「頼む・・・ひと思いにズドンとやってくれ・・・・」
竜馬は腹が立った、ジャスティンの手をきつく握り、怒鳴った
「君は僕を愛していると言っただろうっ!命令だ!ジャスティン!自分から死ぬのは絶対許さないっっ! 」
握りしめているこの手から竜馬のエネルギーが流れていくのを願って言った
「君はそんなに意気地無しなのかっ!最後の最後まで戦えっっ!一人だと思うなっ!いつでもそばにいるっ!今日から一緒に住むからなっ!君が嫌だと言っても!昼も夜もはりついてやる!!自殺なんか絶対許さないっっ!」
ハラハラ涙があふれて視界がぼやけ・・・ジャスティンが輪郭だけになる
「僕が絶対君を死なせないっっ!!」
これ以上ないぐらいジャスティンの手を強く握りしめ、二人はしばらく見つめあった
プッ・・・「頑固だな・・・わかったよ・・・ 」
ジャスティンはそう笑って深く息を吸い込み、笑って迫り来る死に対して決着をつけることを、少し先延ばしにすることにした竜馬のために・・・
その時ちらりと視界に動くものが見えて二人は動きを止めた、向こうは二人に気が付いていないようだった、野生の鹿の親子がすぐ近くにまで来ていた
野生の鹿の頭には、それは立派な角が映えていた、雄らしく雄々しくて、首がとても太い・・・そしてその隣には小さなバンビが二匹、柔らかな草を食べることに忙しそうにしていた
雄鹿はゆっくりと二人に視線を移した・・・なぜか二人は手を握り合ったまま、息をしないで目を見開いて固まった
鹿はもう一歩・・・二歩・・・上手いものを探しに二人に近づいてきた、その距離1メートルもなかった
とんでもなく大きな鹿だ、今この鹿に蹴り上げられたら二人はひとたまりもないだろう 、よだれを垂らした口が、固い草を一気に引っ張って嚙み砕く、ゴリゴリと臼のように草をかみ砕いている音がここまで聞こえる、そしてその鹿がジャスティンの顔のほんの数センチに来て匂いを嗅ぐ・・・
竜馬の心臓がバクバクいっている、もし今ジャスティンが嚙みつかれたら助けなきゃ・・・ いや、自分が襲われるかもしれない、そうなったら・・・
しかし、その巨大な雄鹿はフンッとジャスティンに鼻息をかけただけで、また草原の森の中へ消えて行った、親鹿の後から小鹿がぴょんぴょん飛び跳ねて後を追っていった
ずいぶん経っても二人は手を握り合ったまま・・・その場に固まった
「こ・・・・怖かった・・・」
竜馬がポツリと呟いた
ハァ~・・・「俺も・・・食われるかと思った・・・」
そして二人でビビってた時を思い出して、お互いの顔を見ながらいつまでも笑い続けた、
それからというもの・・・ジャスティンは 辛い治療でも一言も泣き言を言わなくなった
最後の最後まで・・・
:・.。. .。.:・
「解雇宣言をするとしても、色々準備が必要なんだ、たとえば就職支援や失業保険の受給手続きの案内、いきなり(ハイ!さよなら!)って放り出すわけにもいかない」
パチパチ・・・「失業保険の・・・受給・・・手続き・・・」
竜馬が床に胡坐をかき、ソファーテーブルの上に置いた、ノートパソコンにパチパチとジャスティンの言うことを打ち込む
ジャスティンは、竜馬が胡坐をかいて床に座る姿を見るのが好きだった、こーゆー姿勢は日本人特有のものだ、器用に長い足を内側に折りたたんでいる、そしてもちろんジーンズを履いているが、足を広げているのでついそこに目線が行く
「みんな俺の事を人と人とも思わない、海賊のような男だと思っているけど、俺は雇用削減にも正しいやり方と、そうでないやり方があると考えているんだ、解雇通知を渡す相手には、十分に情報を与える必要がある」
ベッドの上から竜馬をじっと観賞しながら言う、竜馬はゆっくりうなずいた
「どうしても解雇が避けられないというなら、従業員にはできるだけの手立てが示されるべきだよね 」
そこで竜馬が肩をすくめる
「でも僕は、解雇通知を渡す役にはなりたくないけど」
ジャスティンは笑った、綺麗な竜馬のうなじにキスしたくてたまらない
「お前のように情にもろいタイプには厳しいだろうな、宗一郎にやらせればいいよ、奴はそういうことを楽しめる人間だ、お前はCEOとして堂々としていればいい」
「解雇される従業員の尊厳を傷つけないよう、事務的に事を進めるのが肝心だ、解雇にふさわしくない曜日だってあるんだ」
「金曜日ならいいんじゃない?」
竜馬がひらめいたとばかりに言った
「ショックから立ち直る時間をあげられるよ」
ジャスティンがまた笑った
「最悪だな!解雇された者はサポートを受けることもできず、やきもきして週末を過ごすことになってしまう」
「そうなんだぁ〜・・・」
竜馬は胡坐をかいたまま両手を後ろに付き体を反らせた 、いいポーズだと内心思いながらジャスティンは真面目な顔をする
「まるで解雇する人間を思いやってるような言い方だね」
「俺はなにもみんなの生活を壊したいわけじゃない、そのまま放っておけば組織もろとも、共倒れになるからさ」
パチパチ・・・ 「と・・も・・倒れに・・なる・・・後は?・・・他に僕がやらなきゃいけないことある? 」
「後は、俺にキスすることぐらいかな?」
ジャスティンはぶしつけに言った、竜馬のパソコンを打つ手が止まった・・・二人は見つめあった
「アホか! 冗談だ」
竜馬は首をかしげてじっとこっちを見つめている・・・今ジャスティンが発した言葉を頭の中で反芻している様子が手に取るようにわかる
言うんじゃなかった・・・思わず耳が赤くなる・・・ジャスティンは今言った言葉を撤回したかったが遅かった
―パタン・・・―
しばらくじっとジャスティンを見ていた竜馬が、ゆっくりノートパソコンを閉じた、そして立ち上がって瞳をキラキラ輝かせてこっちにやってくる
「待て!今のは冗談だ!」
何も言わず近づいてくる竜馬にばかばかしいと首を振る、ギシッと片膝をついた竜馬の体の重みで、小島ほどあるベッドのマットレスが沈んだ
「上司の言うことは聞かないと・・・」
竜馬が低い声で囁き・・・ゆっくりジャスティンをベッドに仰向けに押し倒し、覆いかぶさって来た
「セクハラじゃねーかよ! そ・・・それ以上、近寄るなっ・・・竜馬 」
「どうして?」
「ゆ・・・ゆうべ風呂に入っていない」
「かまわないよ 」
「そっそれに・・・俺は・・・」
顔を伏せてジャスティンが小声で言う、竜馬と目が合わせられない
「い・・・以前より・・・ 俺は・・・痩せて・・・醜い・・ 」
「君ほどカッコいいヤツは、見たことないよジャスティン」
「で・・・でもっ・・・」
竜馬はジャスティンの唇に人差し指をそっと置いた、二人の顔の距離は5センチもない
「しーっ・・・もう黙れよジャスティン・・・」
竜馬は静かに言って顔を近づけてきた、両手でジャスティンの頬を包み、おでこをコツンとくっつけた
二人とも動かなかった、息も出来なかった、こうするのがあまりにも自然だと思った、ジャスティのロイヤルブルーの瞳がゆっくりと・・・まっすぐ竜馬の目を捉えた
なんと見事なんだろう・・・その瞳の周りに金色のまつ毛が鮮やかな色合いを見せている・・・竜馬はこの瞳を一生忘れないと思った
竜馬の真っ黒なキラキラした瞳にもジャスティンが映っている・・・二人はしばらく お互いの瞳に映る自分に見入った
「ほら・・・目を閉じて・・・」
。 .:・.。. .。.:・
そして二人は同時に目を閉じた
コメント
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うわあ…もう、胸がいっぱいです。ジャスティンが「終わりにしたい」って言った時の竜馬の「絶対許さない」って叫び、あの怒りと必死さが愛そのものでした。でもその後に現れた巨大な鹿の親子が、二人の間に不思議なユーモアと生命感を運んできて…。あの鹿たちがいなかったら、あの場はもっと重くなってたんだろうな。病と向き合う日常の中に、こんなに豊かな風景や時間があること、切ないけどとても大事な視点だと思いました。ラストのキスシーンまで、すべての描写が丁寧で美しかったです。