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「_んー、やっぱりこっちの星の夜空は星が多すぎて目がチカチカするね」
近界の広大な荒野に停泊する、遠征艇の屋上。二宮隊銃手・犬飼澄晴は、いつものように軽いトーンで呟きながら、遠くの暗闇を見つめていた。
遠征任務が始まってから数週間。二宮隊は確実な成果を上げ続け、遠征部隊の中でも中核として機能していた。
いつも通りの完璧な二宮の指示、それに黙々と従う辻、そして前線で飄々とハウンドを操り、場を和ませる犬飼。鳩原未来を失い、降格処分を受け、そこから血の滲むような思いで再び遠征の切符を掴み取った二宮隊にとって、この旅は「かつての過ち」を清算するためのもののはずだった。
だが、犬飼澄晴という男の”本心”を本当に理解している者はボーダーの中に1人もいなかった。
ハッチから顔を出した辻󠄀新之助が、夜風に髪を揺らす犬飼に声をかける。犬飼はゆっくりと振り返り、いつも通りの、悪戯っぽい完璧な笑顔を浮かべた。
「いや? なんでもないよ、辻󠄀ちゃん。ちょっとこっちの空気にも慣れてきたなーと思ってさ」
「そうですか。……あまり遠くへは行かないでくださいね。二宮さんも、今回のエリアは慎重にいくと仰っていましたから」
「はーい、了解了解。じゃあ、あとはよろしくね」
犬飼は辻󠄀の肩をぽんと叩き、入れ替わるようにハッチへと降りていった。それが、辻がいつも通りに見た、犬飼澄晴の最後の姿だった。
数時間後、遠征艇の作戦室。
二宮匡貴が、手元の端末の不自然なログを凝視したまま、凍りついたような声を上げた。
「……どういうことだ、これは」
「二宮さん、どうかしたんですか?」
見張りを終えて戻ってきた辻󠄀が尋ねる。二宮の端末に表示されていたのは、エラーメッセージではなかった。
【隊員:犬飼澄晴――トリガー所有権:自主解除(ログアウト)】
そして、遠征艇のセキュリティシステムから、犬飼個人の認証暗号が、内部から綺麗に消去されていることを示すデータだった。
「犬飼のトリオン反応が、遠征艇の防衛圏外へ移動している。……ベイルアウトのログはない」
二宮の声が、かつてないほど低く沈む。
「え……? 嘘、ですよね? 犬飼先輩が、一人で外に…… ?」
辻󠄀が顔を真っ青にしてモニターにすがりつく。その時、辻󠄀は、ログの最下部に残された不自然な”文字列”に気づき、息を止めた。
それは、ボーダーの正規データではない。
かつて、元A級隊員・鳩原未来が、民間人へのトリガー横流しと密航を行った際、本部の防衛網を突破するために使用した”あの密航コード”と全く同じ暗号化アルゴリズムだった。
犬飼は、襲われたのではない。かつて自分たちを捨てて消えた鳩原と、全く同じ手口、全く同じシステムを裏で用意周到に模倣し、自らの指で、夜の暗闇へと足を踏み出したのだ。
二宮の拳がみしりと音を立て机に叩きつけられた。
*****
その頃。
遠征艇から遠く離れた、人型ネイバーの拠点の城門前。 漆黒の鎧を纏った異界の兵士たちに囲まれながらも、犬飼は両手を軽く挙げ、いつも通りの軽い足取りで歩いていた。
彼の首からは、ボーダーのネクタイではなく、その星の未知のトリオン技術で作られた、禍々しい紋章の輝きがぶら下がっている。
「本当に、あっさりとこちら側に来るのだな。玄界への未練はないのか」
出迎えたネイバーの将が、不審そうに犬飼を睨みつける。
犬飼は、前髪の隙間から星空を仰ぎ、ふっと、これまでで最も冷たい、けれど美しい笑みを浮かべた。
「未練? あるわけないじゃん。鳩原ちゃんがさ、自分の全てを投げ打ってでも見に行きたかった景色なんだよ? ずっと近くにいた僕が、興味を持たないわけないでしょ」
彼は振り返ることもなく、かつての仲間たちが眠る遠征艇に背を向け、異界の城へと消えていった。
ゆゆ
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コメント
1件
ああ、これ、めちゃくちゃゾクゾクしました。最初の「星が多すぎて目がチカチカする」という飄々とした台詞が、最後の冷たい微笑みに全部繋がる構成が巧いですね。二宮の「どういうことだ」から辻が気づく、鳩原の密航コードと全く同じアルゴリズム——この反転の仕方が、伏線をじわじわ回収する感じで好みです。何より「未練あるわけないじゃん」と笑いながら背を向ける犬飼の、その場の空気を変えてしまう魅力が、短い中に凝縮されてて。これ、続きが読みたいなあ……。