テラーノベル
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「……なに? 俺、タイミング悪かった?」
蓮司の声は軽い。
まるで空気を読まず、けれど完全に読んだ上で踏みにじるような──“空虚な無邪気”。
教室中が一瞬だけ静止する。
遥を囲んでいた女子たちも、言葉を失う。
遥は、服が濡れ、髪も乱れたまま立ち尽くしていた。
「……蓮司くん……」
一人が口にした。
蓮司は、教室をぐるりと見渡した。
椅子が倒れたまま、床には濡れたペットボトル、遥の脱げかけた上着。
そして、遥の顔。
彼は、にこりと笑った。
「なに? なんかの、遊び?」
──誰も答えない。
「すごいなぁ、みんな。元気あって、仲良しでさ」
蓮司は、遥の隣まで歩き、濡れた服に指先で触れた。
冷えた布地に、遥の体がわずかに揺れる。
「……どしたの、これ。汗? それとも……泣いた?」
その問いに、誰も笑えない。
蓮司だけが笑っていた。
「いやぁ、びっくりしたよ。遥がそんな顔するなんてね」
遥は、無言で睨んだ──いや、“睨んでいるように見えた”。
けれど、それは演技だった。
蓮司には、わかっている。
こいつはもう、何が本音か、自分でも分からなくなってる。
「で? 続ける? それとも終わり?」
蓮司がそう言ったとき、女子の一人が呟いた。
「……なんで、そんな奴の味方するの?」
蓮司は、目を細めた。
「味方? だれが?」
「……え?」
「俺はただ、見に来ただけ。おもしろそうだったから」
沈黙が、教室を冷たく包む。
「でも、せっかくならちゃんとやったほうがいいよ」
蓮司は言った。
「どうせやるなら、“壊す”ってのは、もっと……丁寧じゃなきゃ意味ないから」
遥の肩に手を置く。
「ね?」
遥は、かすかに肩を揺らした。
反射でも、拒絶でもない。
“沈黙の了承”──それが蓮司の求めた“首輪”だった。
誰も、もう何も言わなかった。
蓮司が支配したのは、空気ではない。
“彼らの正しさ”を、たった一言で壊した。
──この場は、蓮司が認めた「遊び場」になった。