テラーノベル
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蓮司は、遥の肩からそっと手を離すと、軽く笑った。
「──じゃあ、こいつ、借りてくね」
それだけ言って、教室の空気を切り裂くように歩き出した。
遥は、何も言わずついていく。
いや、“従わされた”わけではない。
ただ、その場に残る選択肢が、どこにも見つからなかっただけだ。
女子たちは、何も言えずに立ち尽くす。
蓮司が“この空間”に貼ったラベル──「遊び場」は、
いまだ剥がれず、ぬるく残響していた。
──あいつ、なんなんだよ。
誰かの喉の奥で、言葉にならない言葉が渦を巻く。
その後ろ姿を、遠巻きに日下部が見ていた。
何も言わず、何も表情を変えず──ただ、静かに。
教室を後にして、渡り廊下に出た。
冷えた空気が、濡れた服の隙間から容赦なく肌を刺す。
「……どこ行くの、俺ら」
遥がぼそりと呟いた。
「別に、どこでもいいけど?」
蓮司は肩をすくめるように笑って、
そのまま、校舎の裏手へと曲がった。
人目を避けるように歩く二人の前に、ふと、影が差す。
「……おい」
声に、遥が一瞬だけ足を止めた。
振り向かなくても、わかる──日下部だった。
「なに、追ってきたの?」
蓮司は面白そうに振り返る。
「──あんなことされて、なんでおまえ、何も言わねぇんだよ」
日下部の目が、まっすぐ遥を射抜いていた。
その表情に怒りと混乱と、少しの……失望が混じっている。
「“付き合ってる”って言ってたよな? カフェのとき」
「……うん」
「……じゃあ、なんで、守らねぇんだよ。恋人なら、助けてやれよ。あんなの──恋人にされることか?」
言葉が、刺さる。
遥は視線を落とした。
「……蓮司、来てくれたじゃん」
その言葉に、蓮司が小さく眉を上げる。
“おっと、そうくるか”──という顔だった。
「……おまえ、まだ信じてるのか。そんな嘘」
日下部の声は静かだった。
むしろ、優しい。
だからこそ、遥は笑った。
乾いた、演技の笑みを。
目の奥が凍ったまま、口元だけで笑う。
「嘘じゃないよ。……俺、蓮司と付き合ってる」
「……遥」
「本当だって。……俺が、嘘ついてまで、あんなの言うと思う?」
視線がぶつかる。
日下部は黙り、蓮司が首を傾げた。
「へぇ……」
その声には、やけに愉快そうな響きがあった。
「そっか。──本気なんだ」
蓮司は、遥の背後に立ち、ひとさし指で首筋をなぞる。
ふざけた動作のはずなのに、そこには奇妙な支配の色があった。
「見せてやろっか? “それっぽく”」
「──おい」
日下部が声を荒げかけたそのとき、遥が先に言葉をかぶせた。
「いいよ。……蓮司は、俺の彼氏だから」
言葉は震えていたが、目は逸らさなかった。
まるで、自分自身に嘘を焼きつけるように。
蓮司は、驚いたように遥を見た。
ほんの、数秒。
──ああ、忘れてた。
こいつ、これ“本気”なんだっけ。
あいつ(日下部)に信じさせたいだけだった。
面白すぎて、背筋がぞくりとした。
「じゃあ……ちゃんと、恋人らしくしないとな」
蓮司は遥の肩に腕を回した。
遥はひどくゆっくりと、微笑んだ。
壊れた笑顔で。
日下部の目の奥が、ゆっくりと揺れる。
それでも、何も言わず、ただ立ち尽くすだけだった。
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