テラーノベル
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朝はいつも誰の事情も聞かずに、
生きてるかどうかとか関係なく、
平気な顔してやってくる。
目を覚まして一番最初に見えたのは、
天井に出来た顔みたいなシミ。
前からずっとあったのに、昨日までとは違う意味を持って見える。
多分、あの金髪は夢だ。
____まだ夢の中なんだ
喉が渇く
身体が重い
それだけで、現実だ と十分主張し てくる。
部屋に脱ぎ捨てた珈琲色のスーツ
会社を辞めた時の余韻に少し浸る。
今見ると、もう一人の人間の皮みたいだった。
会社を辞めてから、時間は色を失った。
朝も昼も晩も。
全部同じ色で流れていくっていうのに。
それでも腹は減る、喉は乾く
身体だけは、生きる気満々なんだな。
冷凍庫を開けて、閉める。
何があるのかは分かってる。
それでも、外に出た。
理由は無い。
ただ、
また、白い灯りの下に、行きたかっただけだ。
ドアが開く音。
コンビニ特有の、あの電子音。
蛍光灯が照らす、均一な世界。
アイスケースの前で、少し止まる
「……今はマシ」
不意に、あの金髪のガキの声が蘇ってくる。
軽くて、投げやりで、
でもどこか、現実的な言い方。
「マシ」って言葉を、あんな風に使える奴は、
多分、俺と同じ場所に、長く居座ってる。
名前も知らん。
どこに住んでるかも知らない。
次に会う保証なんか、欠片も無い。
それでも、たしかに同じ時間を過ごしていた。
レジで会計を済ませ、外に出る。
風が強い。
雲が低くて、空がこのまま。
落ちてきそうな気がする。
歩く。
あの場所に近づくにつれて、胸の奥がざわつく。
怖さじゃなくて、後悔でも無い。
「居るかもしれない」
そんな感覚で。
ベンチは空いていた。
昨日と同じ形。昨日と同じ位置。
座ろうとして、やめた。
代わりに片手に携帯を持った。
何も通知はきていない。
連絡先を開いて、閉じて。また開いて……
一気に現実に戻らされた気がした。
「あ」
聞き覚えのある声が全身を響かせる。
「おっさん、生きてたんだ」
もっとかける言葉考えろよ……
「生きてるよ。なんか悪いかよ。」
「いやだって、おっさん
帰る時…なんか、なんかさ?
なんか、言いたげだったじゃん。」
「なんか、って……」
俺は
……お前のこと、壊そうとしていたのに。
どうしてそんなに平気でいられるんだよ……
「……俺、……お前のこと、
壊そうと……して、」
言ってしまった
言わなければよかった
「…?
いや、おっさんさぁ……あの時、
急に抱きついてきてびっくりしたわ」
「は?」
いや……違う。
俺は……あいつに刃物を向けて……それで、
「おっさんさぁ、
ずっと食べ物のことぶつぶつ言ってたから……腹減ってんのかなぁ、って」
……どうやらあれは、俺の幻覚だったらしい。
「そう、か……」
「なんかあったの」
また軽くて……少し切ない声
「なにも。」
少し沈黙が続くと、金髪がベンチに座った。
「なんで立ってんの。
座れば?」
「あの……ほんとにすまん。
こんなおっさんに抱きつかれて…トラウマもんだろ。」
「別に
同性だからまだマシ」
また「マシ」
俺はもう全てがどうでもよくなって、アイスを口に入れた。
「あ、これ
昨日俺が食ってたヤツじゃん
おっさんも好きなの?甘いの」
「…まあ、嫌いじゃない。」
「へー。
意外だわ」
「……学校は?
また行かないのか?」
「……行かない。気分じゃない。」
「そうか。」
「昨日は帰れたのか?」
……なんで心配なんかしてんだか。
「帰ってない」
「え?
じゃあどこで寝たりしてんの?」
「ここ。
このベンチで」
「へえ」
俺はいつの間にか、金髪の陣地の乱入者になっていた。
最後の一口を食った時、
金髪が少し近づいてきた。
「…おっさんの襟さ…」
「なんだよ。
嗅ぐな馬鹿野郎。」
「金木犀の匂いする」
金木犀。
季節外れ……
でもなぜか、金髪が言うと本当のことみたいになる。
「金木犀の匂い、好きなのか?」
「うん……好き。」
心臓がさらにはやく動いている。
多分、「好き」って言う言葉に
反応してるんだと思う。
「理由は?」
「え」
金髪は固まった
こんな姿、初めて見た。
「初恋の人の……匂いだから
制服の匂いが、これだったから。」
こんなガキも恋するんだな……
「どんな奴だったんだ?」
「いたって普通の人だった。
一番最初に友達になったのも、そいつだったし。」
「へえ、」
「……」
「おっさん、恋したことないの?」
「あるけど、全部叶わなかった」
「そっか」
それから
一、二時間話していた。
こんなガキのために……時間を。
急に肩に重みがした。
多分、金髪は襟の匂いで落ち着いたのか
そのまま、俺の肩で。
寝てるんだと思う……
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