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#異世界物語
ぷち
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結愛
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竜崎
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第302話 身体ごとの転移
【現実世界・旧研究施設/過去】
榊原梓のカプセルは、変わらず低い駆動音を立てていた。
透明な蓋の向こうで身体は眠り続けている。
心拍も呼吸も維持され、血液循環にも大きな異常はない。
それでも、その身体の中に本人の意識は存在しない。
《BODY STATUS・STABLE》
《CONSCIOUSNESS RESPONSE・REMOTE》
《RECONNECTION・UNRESOLVED》
白峰律はその表示を確認してから、別のモニターへ目を移した。
そこには、これまでとは比較にならない数の数値が並んでいた。
人間一人の身体重量。
血流。
脳活動。
骨格。
体内水分。
生体電位。
そして、それらすべてを一つの存在として固定するための座標情報。
榊原梓の時に送ったのは、意識だけだった。
今回は違う。
身体も。
意識も。
記憶も。
名前も。
一つに結びついたまま世界を越えさせる。
対象はカシウス本人。
白峰は通信を開いた。
「最終確認をする」
すぐにカシウスの声が返る。
『聞いている』
「今回の転移は、榊原さんの時とは条件がまるで違う。
意識だけなら情報として細い境界を通せた。
しかし身体を通すなら、物理的な存在そのものをこちら側で再固定しなければならない」
『分かっている』
「失敗した場合、身体と意識が別々の場所へ落ちる可能性がある」
『それも聞いた』
「中間層へ取り残される可能性もある」
『何度言わせる』
白峰は口を閉じた。
通信の向こうで、カシウスが続ける。
『私は成功させろと言った』
「……そうだったな」
『恐れているのか、白峰』
白峰は少しだけ眉を寄せる。
「慎重になっているだけです」
『同じことだ』
白峰は言い返さなかった。
否定できなかった。
榊原梓を送った時
彼は成功を信じていた。
戻すこともできると思っていた。
その結果。
今も一人の人間が二つの世界へ分断されている。
同じことを
もう一度起こすわけにはいかない。
だからこそ今回は。
最初から帰路まで計算する。
◆ ◆ ◆
【異世界/旧境界観測区画】
ヴァルド・レイグが、床へ新しい結界線を刻んでいた。
以前、梓の意識を受け取った時の円とは大きさが違う。
人間一人が立てる程度ではない。
その周囲まで含めて
一つの「場所」として固定するための結界だった。
オルガ・セフィロは、水晶板に並ぶ過去の転移記録を確認している。
事故。
戦場。
結界崩壊。
魔力衝突。
古い時代から世界を越えた人間はいた。
身体ごと消えた者。
意識だけ残った者。
別の場所で目覚めた者。
その現象自体は
今さら発見されたものではない。
問題は再現できなかったことだ。
「自然転移の記録、百三十七件」
オルガが言う。
「うち、身体と意識が同時に移動した可能性が高いものは二十九」
ヴァルドが結界を描きながら尋ねる。
「共通条件は」
「境界が極端に薄いこと。強い空間圧。本人の位置が二つの世界で一時的に重なること」
「足りない」
「分かっている」
オルガは別の資料を開く。
「あと一つ」
カシウスが見る。
「何だ」
「移動直前まで、身体と意識が分離していない」
カシウスは何も言わなかった。
梓とは逆だった。
梓は
意識を身体から抜き
情報として送った。
自然転移では身体と意識を一つのまま
境界そのものが移動させている。
オルガが言う。
「つまり今回は、分けたら失敗する」
ヴァルドが低く答える。
「一つとして通す」
「そう」
「なら、結界も一つ」
ヴァルドは円の中央を見た。
「身体用。意識用。分けない」
カシウスがその中へ入る。
「それでいい」
オルガが眉を寄せる。
「まだ開始とは言っていない」
「準備は終わった」
「こちらは」
「必要条件は揃っている」
「揃っているのと、安全なのは違う」
カシウスはオルガを見る。
「安全な実験など、今まであったか?」
オルガは答えなかった。
ヴァルドだけが
最後の結界線を閉じる。
「こちらはできた」
その一言で。
実験は始まる段階へ入った。
◆ ◆ ◆
【現実世界・秘密研究区画】
白峰は
床へ投影された座標円の中央を見つめていた。
何もないただの床。
だが、異世界側のカシウスが立っている場所と
一時的に同じ座標として扱われる。
そのための固定点。
白峰が作った現実側の受け入れ場所だった。
「オルガ、位置は」
『差異〇・〇〇四』
「ヴァルド」
『結界固定』
「カシウス」
『いつでもいい』
白峰が深く息を吐く。
モニターの一角。
梓の生命反応。
その隣。
匠の調査痕跡。
外部から秘密区画の電力使用量へ接触された形跡が、また一つ増えている。
時間がない。
白峰は操作盤へ手を置いた。
「開始する」
◆ ◆ ◆
二つの世界で
同時に光が走った。
異世界。
ヴァルドの結界が
カシウスの周囲を包む。
現実。
白峰の座標円が
何もない空間を固定する。
オルガが数値を読み上げる。
『境界圧上昇』
『座標差異、縮小』
『〇・〇〇二』
ヴァルドの声。
『まだ』
白峰は出力を上げる。
床が低く震える。
机の上の器具が細かく揺れ
榊原梓のカプセルにも振動が伝わる。
警告。
《BOUNDARY LOAD・HIGH》
白峰は止めない。
『〇・〇〇一』
オルガの声。
「重ねる」
白峰が言った。
その瞬間。
現実側の研究室中央に
一本の黒い線が現れた。
床から天井まで。
髪の毛ほど細い。
だが、そこだけ
向こう側が違う。
白峰の目が鋭くなる。
「見える」
異世界側でヴァルドが言う。
『こちらもだ』
黒い線の向こう。
一瞬。
石造りの床が見えた。
そして
カシウスの影。
「固定」
ヴァルドの結界が
線を左右へ押し広げる。
黒い裂け目が少しずつ
人間一人が通れる幅へ変わっていく。
だが同時に。
警告が増える。
《PHYSICAL COORDINATE CONFLICT》
《BIOLOGICAL FIXATION FAILURE》
白峰が舌打ちする。
「まだこちら側がカシウスを異物として弾いている」
オルガが即座に言う。
『名前を固定』
「もうしている」
『足りない。向こう側の存在として読まれている』
白峰の手が止まる。
その意味を理解する。
世界が
カシウスを拒絶している。
異世界の人間。
異世界の身体。
現実側には存在記録がない。
だから座標が重なっても
こちら側へ固定できない。
「記録を作る」
白峰が言った。
オルガが反応する。
『何の』
「カシウスが現実側に存在するための記録」
カシウスの声。
『やれ』
白峰は。
一瞬だけ迷った。
そして。
新しい項目を作る。
《NAME》
《CASSIUS》
《LOCATION》
《REALITY SIDE》
《BODY》
《EXISTS》
まだ、現実には存在していない人間を
存在するものとして先に記録する。
反応。
黒い裂け目が一気に広がった。
オルガの声が低くなる。
『通った』
ヴァルド。
『今だ』
◆ ◆ ◆
異世界側で
カシウスが一歩踏み出した。
足が境界へ入る。
最初は何も起きない。
次。
脚。
胴体。
だが
胸元まで入った瞬間。
身体が大きく揺れた。
現実側の画面。
《BODY / CONSCIOUSNESS SYNC ERROR》
白峰が叫ぶ。
「止まれ!」
カシウスの身体が境界の中で二重に見える。
一つ。
異世界側。
もう一つ。
現実側。
同じ身体が。
二つの世界から引っ張られている。
オルガが声を上げる。
『意識位置がずれる!』
ヴァルドが結界を締める。
『動くな』
カシウスは境界の中で目を閉じない。
「続けろ」
白峰が言う。
「一度戻れ!」
「戻れば、同じことが起きる」
「今ならまだ――」
「白峰」
カシウスの声は
奇妙に二重になって聞こえた。
異世界から。
そして。
現実から。
「君は、死者を戻したいんだろう」
白峰の指が止まる。
「なら見ろ」
カシウスがもう一歩。
踏み出す。
《SYNC ERROR》
数値。
急上昇。
オルガ。
『カシウス!』
ヴァルドが低く叫ぶ。
『身体を動かすな!』
だが。
カシウスは。
止まらなかった。
「身体も」
一歩。
「意識も」
さらに。
「名前も」
境界が軋む。
「全部」
最後の一歩を踏み出す。
「一つなら」
黒い裂け目が爆発するように開いた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・秘密研究区画】
衝撃で白峰が机へ手をついた。
照明が消える。
非常灯。
赤い光。
警告音。
数秒
何も見えない。
やがて床の中央から。
誰かの咳が聞こえた。
白峰が顔を上げる。
一人の男が膝をついている。
白い髪。
黒い外套。
その下。
胸が上下している。
手。
指。
影。
すべてそこにある。
モニターが再起動する。
《PHYSICAL FIXATION》
《SUCCESS》
《CONSCIOUSNESS SYNC》
《SUCCESS》
《NAME RESPONSE》
《CASSIUS》
《WORLD COORDINATE》
《REALITY》
白峰は声を失っていた。
カシウスが
ゆっくり顔を上げる。
一度
床へ手をつく。
触れる。
冷たい。
現実の床。
その指先に埃がつく。
カシウスは初めて見るもののように
その埃を見た。
「……これが」
声も通信ではない。
空気を震わせている。
「現実世界か」
白峰はようやく言った。
「身体は」
カシウスが立ち上がる。
少しふらつく。
だがすぐ姿勢を戻す。
「ある」
「意識は」
カシウスは白峰を見る。
「君にはどう見える」
「質問に答えろ」
「問題ない」
白峰がモニターを確認する。
脈拍。
体温。
生体反応。
すべて存在している。
身体と意識。
分離していない。
一つの人間が。
世界を越えた。
梓とは違う。
戻せない意識を送ったのではない。
肉体も含めて。
丸ごと。
白峰の頭の中で
いくつもの可能性が繋がる。
人間は
意識だけでも世界を越えられる。
身体ごとでも世界を越えられる。
なら。
器と意識を別々に扱う必要さえ
いつかなくなるかもしれない。
その時通信からオルガの声が入った。
『カシウス』
一瞬。
沈黙。
『聞こえる?』
カシウスが通信機を見る。
「聞こえる」
『身体は』
「ある」
オルガの息が僅かに漏れた。
ヴァルドの声も続く。
『境界、閉じる』
「任せる」
黒い裂け目が
ゆっくり細くなる。
白峰が振り返る。
「待て」
ヴァルドの動きが止まる。
「帰路を残す」
カシウスが白峰を見る。
「必要か?」
「必要です」
白峰の声が強くなる。
「梓の時と同じ失敗は繰り返さない」
一瞬。
二人の視線がぶつかった。
カシウスは
それ以上否定しなかった。
ヴァルドが境界を完全には消さず。
細い固定線だけ残す。
《RETURN COORDINATE・TEMPORARY》
白峰はそれを二重に保存した。
◆ ◆ ◆
「それで」
カシウスが研究区画を見回す。
機器。
電源。
モニター。
ガラス。
現実側の技術。
その視線が
奥にあるカプセルへ止まった。
「彼女か」
白峰の表情が変わる。
「近づくな」
カシウスは止まる。
「死んではいない」
「当たり前です」
「意識は向こう」
「分かっています」
カシウスは
透明な蓋の向こうにいる榊原梓を見る。
「身体を隠す必要がある」
白峰が何も答えない。
「雲賀匠は近づいている」
「分かっています」
「この場所へ来れば、見つかる」
「分かっている」
「なら移せ」
白峰がカシウスを見る。
「どこへ」
カシウスは
現実世界の床を踏みながら答えた。
「ここではない場所へ」
「現実側に、お前の施設があるのか」
「今から作ればいい」
白峰の眉が動く。
カシウスは梓ではなく白峰を見る。
「君には時間がない」
その言葉は正しかった。
その時、
別の端末が鳴った。
通常回線。
警告。
《外部照会》
《施設電力記録》
《設備搬入履歴》
《照会元・不明》
白峰が画面を開く。
今度は
二秒ではない。
複数の記録へ順番にアクセスされている。
秘密区画の電力。
生命維持設備。
特殊保存液。
長期稼働可能な医療装置。
さらにこの施設へ運び込まれた
大型カプセルの搬入記録。
白峰の顔が静かに強張った。
カシウスが聞く。
「匠か」
「おそらく」
白峰は榊原梓を見る。
身体を守る。
それは彼女を戻すために必要なことだった。
少なくとも白峰は
そう信じていた。
「……移します」
カシウスは何も言わない。
「この身体を」
白峰はカプセルへ手を置く。
「匠に見つからない場所へ」
研究室の奥で。
榊原梓の心拍だけが。
一定の間隔で。
鳴り続けていた。
コメント
1件
302話、めっちゃ熱かった…!身体ごと越えるって発想と、そのリスク描写がちゃんと科学されてるのがSF好きにはたまらん。カシウスの「全部一つなら」って踏み出す決断、白峰の「帰路を残す」覚悟、両方かっこよすぎる。梓さんの身体を巡る雲賀の影も不気味で続きが気になりすぎる☕🔥