テラーノベル
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「鳴海さん、なんかあったの?」
次の日の昼休み。行きたくないという足で向かった屋上。渉は仁王立ちになって俺を待ちうけていた。
朝から腕の筋肉痛に耐えながら朝練に来て大縄跳びを時間の許す限り飛んでいたせいで、足がガクガク震える。階段を上がるのさえ億劫で、屋上に行くことを止めようかとも思ったくらいだ。来てみれば、案の定怒りの色を宿した彼が詰問してくる。
「もっかい聞くけど、なにかあった?」
「いや、だから旗手の練習って送っただろ……」
「いつもの鳴海さんなら、一緒に練習付き合ってくらい言うだろ。それが一人で先帰れとか……」
そこでメールの文章を思い出したかのように、渉が盛大に舌打ちした。ビクッと体を震わせ、顔の前で両手を擦り合わせる。
付き合う以前ならばいざ知らず、付き合ってから彼のことを怖いと思ったことは一度もなかった。しかし、今は相手の考えていることがわからない。そこまで怒ることだろうか。二つ返事でOKを出してくれると思っていたのに。
俺が何も言わないので、彼が一歩近づいてくる。一歩退くとさらに一歩と進んでくる。朝練があったのだろう、汗の匂いが怪しく香ってくる。
耐えきれずにその場を走りだして、階段を駆け下りた。すると追いかけてくるのだから、久しぶりの鬼ごっこになってしまった。
平生の状態ならば逃げ切れる可能性もあったが、体育祭のダメージを受けている今の自分は渉という化け物から逃げられるなんて夢物語。
逃げたといっても、時間にして一分ほどだろう。一階まで階段を下りて、窓から飛び出し焼却炉まで逃げる。
学校を囲むフェンスを昇ろうとしたが、指に力が入らないことをフェンスの金網を掴んでから思い出した。足だっていうことを聞かない。他の逃げ道を探す前に、袋の鼠となってしまった。僅かに息を乱しながら、腕を組んで睨みつけて来る。
「なんで、逃げてるの?」
「逃げてません……」
「逃げただろ……なぁ。もう一回聞くけど、俺なんかした?」
「してません」
してないから、俺が困ってるんだよ。けどヤってる暇なんかたぶんないし、頑張ってる渉にしたいなんて言えない。それって、俺の我儘だろうし。
このままではらちが明かないからと、言い訳を通すことにした。
「だから、旗手の練習がしたいんだよ。それで、お前が俺の帰りとか待ってたら悪いだろ。毎日、練習してさ……あんまり休んでないだろ?」
「まぁ……」
「顔色悪い。だから、お前が無理しないでいいようにって……思って……」
それは本音、少しだけ曲がった本音だ。これで最後だから頑張ってほしいとか、それでもセックスしてほしいなんて。ねじ曲がった我儘、言えるわけがない。
「だから、おまえに残れっていえねぇじゃん。旗手は俺の役目だし。待ってくれるくらいなら、家で休んでほしい……」
また、嫌だと言われそうだな……。しかしこちらのまじめな気配を悟ったのか、相手は黙って頷いてくれた。
「……わかった。今日から別々に帰ろう」
完全に納得のいっていない顔。それに流されるようにして、それじゃ屋上に戻ろうかと渉の先を歩く。
無理に笑顔を作って屋上へ戻り、冷たいコンビニ弁当を口にした。彼が俺の弁当が食いたいと言ってきたので、今度作ってやるよと言った。
その日の放課後の応援団練習でも、旗手の俺はみんなと離れて旗を振り回す。それでも何度も落としてしまうのでいたたまれなくなり、大翔に相談してしばらく屋上で練習する許可を得た。
さっそく旗を肩にかついで、屋上へ向かう。渉がこっちを見ていることに気づいていたが、わざと視線を合わせず練習場所の体育館を後にした。
屋上にはもちろん誰もおらず、俺一人だけとなった。ここなら人の視線も感じずに大手を振って失敗できる。
足踏みをしてリズムを刻みながら旗を右手に左手にと持ち換え、左手を軸にして旗を一回転させ右手でキャッチの練習をする。昨日よりはできるようになった。しかし、十回やって九回は失敗する。
それから、何度も繰り返し練習すること二時間。右人差し指付け根の血豆がつぶれて、痛みで手を止めた。今日はここまでにしようと、鉄柵に寄りかかりながら校庭を見下ろす。すると、昨日と同じく白組の奴らが扇の形で声を張り上げている。
それでも解散の時間になったのか、人が散り散りになって校舎の方へ戻っていく。その中で一番視線が行くのは、旗を持った笹本だった。旗を持って型通りに腕を動かしているのを、こちらが夢中になって見つめてしまう。いいなぁ……筋肉すげぇなぁ……。
彼が旗を放り投げて、キャッチしそこねる。あぁ~とため息をついた。あいつでも失敗するんだから、俺ももっと練習しなきゃいけねぇな。
笹本が旗を拾う。
コツを掴みたいので、もう一度旗を投げる型がみたい。屋上で一人きりのせいか、ふざけて手を叩きながら「もう一回、もう一回」と言ってみる。
その直後、足元を見つめていた笹本の顔が俺のいる屋上の方に向けられた。悪戯がばれた子供のように、叩いていた手が止まる。なんだよ、こっち見て。
鉄柵は間隔がデカいので、遠目でも俺の持っている紅組の旗が見えるだろう。
しばらく見つめ合っていたが、すぐに視線が逸らされ彼も校舎へ戻っていく。なんか蛇に睨まれたみてぇだなと後ろ頭をかきながら、帰ることにする。
コメント
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うわっ、このもどかしさ……! 渉に「したい」って言いたいのに、相手の頑張りを思ったら言えなくて、一人で練習に逃げる主人公の心情がじわじわくるな。特に「ねじ曲がった我儘」って表現が刺さる。俺の我儘だからって飲み込むところ、読んでて胸が苦しくなったよ。あとラストの笹本に見つめられて蛇に睨まれたみたいって比喩、めっちゃ痺れた。次が気になる!🔥
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