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◻︎好きな人
その日の夕方、私はお隣さんを尋ねた。
ピンポーン🎶
「はい」
ゆっくりと、玄関のドアが開いた。
「こんばんは、隣の田中です。弥生さんからの預かりものを持ってきました」
さっき弥生に預かった鍵を封筒に入れて持って行った。
なんとなく、鍵をそのまま渡すのはばかられたから。
「うちのに?」
「はい、これです」
茶封筒を手渡そうとしたら、カチャリと鍵の金属音がした。
それでも私は中身は知らない素振りで渡す。
何気なく奥に目線がいって、ダイニングへのドアが開いているのが見えた。
大きな白い食器棚が倒れて、割れた食器がいくつか散らばったままだ。
あの朝の大きな音は、これだったのかと思う。
「あっ!えっ、なんか大変なことになってませんか?」
「あ、いや、模様替えしようとしたら倒してしまって…、これから片付けるところです」
「何かお手伝いしましょうか?」
「お気持ちだけで…」
「そうですか、じゃ、私はこれで…」
「あ、あの!」
帰ろうとしたら呼び止められた。
「はい?」
「うちの、何か言ってませんでしたか?」
「えっと…別に。ただそれを渡しておいてと頼まれただけなので」
「…そうですか、わかりました」
「ご実家に行かれたんですよね?」
わざと聞いてみる。
「え?えぇ、まぁ…」
「とても大きな荷物だったから、長期間いらっしゃるみたいですね」
「そんなに荷物を?」
「はい、お友達がお迎えに来てくれてましたよ」
_____あっ!言っちゃったよ、私
「友達?」
「えーと、はい。そうだと思いますけど。いや弟さんかな?すみません、わからないです」
「男か…」
「え?」
「いえ、なんでも。どうも、ありがとうございました」
聞きなおそうとしたら、追い返された。
_____ご主人、知ってたんだ
考えてみれば、離婚届と指輪が置いてあったはずだからそれくらいわかるか。
それにしても、あの音は食器棚が倒れた音だったんだ。
どんな話をしてて、あんなことになったんだろ?
_____「好きな人ができたの…」
そんなふうに言ってたなと、さっき出ていく時の弥生を思い出してみる。
やっぱり、駆け落ちなのかな?
それにしても。
_____好きな人かぁ…
家庭を捨ててまで、好きな人のもとへ行くという感情は私にはわからない。
そんなに好きな人?
好きな人?
好き?
「ねぇ、礼子!私、恋がしたい!誰かを好きになりたい。そんな感情ってとうの昔にどこかに忘れてきた気がするよ、もう一回、恋とやらをしてみたいよ」
火曜日の今日、秘密基地に礼子も来ていた。
隣の弥生さんの話の流れから、つい出てしまった私の気持ち。
「はぁ?また、何を言い出すかと思ったら。恋?すればいいんじゃない?」
まったくもう、と付け足しながら普通の反応の礼子。
「あれ?思ってたのとリアクションが違う、なんで?」
「だって、ここは秘密基地だもん。家だったら、バカなこと言ってんじゃないよってたしなめるけど」
「あ、そっか」
家に持ち帰れない秘密を、ここに置きに来てるんだった。