◻︎お隣の噂
恋がしたい!と叫んでから数日後。
スーパーで買い物をしていたら、近所の奥さんたちに捕まった。
「ちょっと!来栖さんの話、田中さんなら知ってるでしょ?お隣さんなんだし」
「ねぇ、おしえてよ、心配してるのよ、私たち。来栖さんとは年も近いしご近所さんだから」
私のことを田中さんと呼ぶくらいの間柄の人たち。
こういう人たちに下手なこと言うと、あっというまに盛られた話が広まってしまうということを、私はイヤというほど経験している。
_____その手には乗らないぞ
「隣の?弥生さんのこと?今、ご実家だって聞いてるけど?」
「えー、それ、嘘でしょ?」
「嘘?」
「そうよ、みんな知ってるわよ、来栖さん、若い男に入れ上げてお金も注ぎ込んだって」
「え?そうなの?私、ご主人からは弥生さんの親御さんが体調くずしてるとしか聞いてないから」
それは事実だ。
弥生からは別の話を聞いてるけども。
「田中さんって、本当に何も知らないのね?もっぱらの評判だったのよ、少し前から来栖さん、すごく綺麗になったじゃない?あれは若い男のせいだって話よ」
「綺麗?違うわよ、派手よ派手!メイクも服も浮いてたじゃない?身の丈と合ってないのに気づいてなかったのよ」
「そうね、そうだわ、あれは綺麗じゃなかったわね」
豆腐売り場で、賞味期限を気にしながら買い物中に面倒なことになった。
「派手でも綺麗でも、自分に手をかけれるっていいことだと思うけど。私もおしゃれしたいし」
と、少し反論してみる。
「だから!綺麗にするのはいいんだけどね、どうもその若い男ってホストだったみたいでね、家のお金を持ち出してそれがご主人にバレて修羅場になったらしいわよ」
_____修羅場?
あの倒れた食器棚を思い出した。
「そうなんだ…。でも、ホントごめんなさい、私、何も聞いてないから」
その場を離れようとした。
「ちょっと待ってってば。ね、田中さんは見てない?来栖さんが若い男の車、それも外車に乗ってるとこ。今、どうも家にいないのはその男と駆け落ちしたって噂なのよ」
「いやぁ、見てないなぁ」
_____外車といえば、あの女優もどきの格好をしていた美容院で見たけど
「そぉ?田中さんなら絶対知ってると思ったんだけど」
「ごめんなさいね、そういうの疎くて」
「何かわかったら教えてね、来栖さんのことが心配だから」
「そうそう、もういい年なんだからさ、好きだの愛してるだのじゃないでしょってことよ。お金がなくなったら捨てられるに決まってるんだから」
「ホントよ、早く目を覚まさないと痛い目に遭うわよね」
そこで聞いているのが、苦しくなった。
この人たちは何を言ってるんだろ?
誰も弥生さんのことなんか心配してないじゃないか。
ただの噂話で盛り上がってるだけじゃないか。
「誰かを好きになることに年齢は関係ないと思うけど?」
思わず反論してしまう。
「あら、田中さん、ロマンチストね?でもダメよ、世の中の男たちにはね、私たちくらいの女は女として認識されてないのよ、もう賞味期限切れなの」
「そうよ、もうね、干された出汁昆布か鰹節ってとこね。そのままじゃ食べられないの」
いやーだ、ギャハハと笑う人たち。
_____上手に干されてたら良い出汁が出ると思うんだけどなぁ
どうでもいい話で盛り上がってきたので、そろりそろりとそこを離れた。
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