出会いは意外なものだった。
煙草を吸うと彼が現れたんだ。
「何してんの。」
「…え、誰。」
「いや、貴方が先に名乗ってよ。」
話しかけていたのは君だろ・・・?
「…合千。」
「なんて書くの?」
「合理の合に千。」
「…じゃあ…ガッチさんね。」
「…は、はぁ……?」
「で?ガッチさんは何してんの?」
「…何って…一服。」
「ふぅん、一服ね。」
「まぁ、もう終わるけど。」
「あ、ほんと?なら俺も帰るわ。」
「え、待っ…!君の名前!」
煙草の火を消すと彼の姿はなかった。
彼に向けて伸ばした手は空を切った。
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︎ ︎︎︎︎︎ In the smoke
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結局彼の名前が分からないまま数日がすぎた。もう彼のことなんて頭には無かったが煙草を吸いに喫煙所に行くとふと彼のことを思い出した。
なんだったんだろう…あの人。
そんなことを思いながらカチッ、と煙草に火をつけた。
「おーおー、また吸ってんのー?」
「ぅわっ!?」
「えぇ、そんな驚かないでよ。」
「いや、さっきまで居なかっただろ!?」
「んー、丁度今来たしなぁ。」
「…はぁ、、、」
彼は喫煙所の椅子に長い足を小さく収めて座った。
彼の顔は男性8割女性2割と言った顔をしている。背丈は高くスタイルはほっそりしている。・・・言い過ぎかもしれないが躯体は中性的ではあった。
「…聞きたかったんだけどさ。」
「ん?なにぃ?」
「君の名前は?」
「あぁ…俺の名前?」
「……キヨ。俺キヨって言うんだ。」
「…キヨ?」
「そう。まぁ、好きに呼んで。」
「……はぁ、わかっ…た。」
何がかは分からないが何か腑に落ちない。
そんな調子で煙草を灰皿に擦り付けて再び顔を上げれば彼の姿は無かった。
いつの間に帰ったんだ…?別れの言葉もなしに…。
またね のひとつも無い彼に少しばかり怒りを感じながら仕事場に戻った。
今日の仕事ははっきり言ってクソだった。
部下のミスを自分のせいにされて当の本人である部下は全部自分に擦り付けた。このことを鎮火するのに何時間かかったことか。なんなら今日1日その時間に回したかもしれない程だ。
イライラしたまま喫煙所に足を運んでは貧乏揺りをしながら火を灯した。
「今日は一段と腹たってんね?」
「話、聞きましょーか?笑」
「…キヨか。丁度いい、話聞いて。」
「承知しましたぁ~(♪)」
俺はキヨに全部話した。煙草は火が付いたままだが吸うことを忘れてキヨにぶつけた。
「ははぁん、そりゃあ大変じゃん。」
「お疲れ様、よく頑張ったねガッチさん。」
「はぁ…キヨが居てよかった。」
「役に立てたんなら何より。」
此方を見詰めてにこりと微笑むキヨが何処か掠れて見えた。疲れてるんだろうと思って目を擦っては煙草に口を付ける。
「…そう言えばさ、キヨは何処に住んでんの?」
「俺ぇ?秘密ぅー。」
「…そりゃそうか。」
「…分かってんなら聞いてこないでよ。」
「あはは、ごめんごめん。」
はぁ、と1つ息を吐いては煙草を灰皿に押し付けた。
もう少し彼と話したい。明日また会えないだろうか…。
なんて思って顔を上げる。
「明日……」
俺の声は虚空に響いた。彼の姿なんてなく、喫煙所の硝子に反射した俺が居るだけだった。
まただ、また別れの言葉もなく帰った。
そんな彼に憤慨しつつも話を聞いてくれたので割愛する事にした。
あれから数ヶ月、こんな日々が続いた。煙草を吸う時にのみ現れる彼だが…何をトリガーに彼が現れるのかを考え始めた。煙草か?火か?喫煙所か??煙草を1本出しても、火を付けても、喫煙所に入っても彼は現れなかった。やはり馬鹿馬鹿しい考えだったか…なんて眉を搔いては煙草に火を付けた。
「久しぶりだね。ガッチさん。」
「…あ」
「んー?どうした?」
「キヨ、キヨだ。キヨだよね?」
「え?うん、?俺だよ?」
「何をキッカケに現れるんだ?」
「……は?」
「君は、キヨは…何を条件に現れるんだ?」
「…なんだろうねぇ、俺も分かんない。」
「気付いたらここに居る…的な?」
「…嘘だ。」
「仮にそうだとしたら君は冷静すぎる。」
「…洞察力があるねぇ?」
「これでも謎解きや脱出ゲームは好きなんだ。」
「それならその力を活かして見つけ出してもらおうか。」
「見付けられたら「たーだーしー!」」
「”依存”しちゃ駄目だよ?」
「…依存?」
はて、と首を傾げれば火のついた部分がぽとり、と落ちた。火が移らないよう慌てて踏み潰してはキヨを見ようと顔を上げる。
──そこに彼の姿は無かった。
彼の出現条件を考えた結果、1つの結末に辿り着いた。
▶︎ 煙 _ 有力
・ お湯 ×
・ カップ麺の湯気 ×
・ ご飯の湯気 ×
・ 煙草の煙 ✓
・ お風呂 ×
結論:煙草の煙が出現条件…?
頭を掻きながら煙草を咥えた。すると聞き覚えのある声が耳に入る。
「よぉー、ガッチさん。」
「…分かった。」
「分かったぞ!!!」
俺は感激のあまりキヨに手を伸ばした。
…が、キヨの体に触れることはなかった。
伸ばした手はキヨの体を消していた。煙を払った様に、その部分だけふんわりと消え掛かっていた。
「…あぁ、分かっちゃった?」
「……分かった、分かったよ。」
「全部……分かった。」
火をつけたまま煙草を灰皿に置いた。
立ち上る煙が彼の存在する時間。
彼は煙と同じ存在。触れようとすれば消えかかる。
掠れる時は煙が薄くなった時。
そうか…そうだったんだ。
彼は”生者”では無かった。
「まぁ…鋭い洞察力を持つガッチさんなら分かるのも時間の問題だと思ってたよ。」
「タネが分かった今…もうキヨには会えないの?」
「会えるよ?会えるに決まってるじゃん。」
「なんでタネが分かられただけでガッチさんと決別しなきゃならないのさ。笑」
キヨは俺の不安とは裏腹にヘラりとした態度でその不安をせせら笑った。
少し腹が立つがそんな所もキヨらしくて何故か笑えた。
「…もう消えるよ。1口くらい吸えば?」
「……そう…だね。」
短くなった煙草に目を落とす。キヨの言う通り1度大きく吸っては煙を吐いた。その煙が無くなった頃にはもうキヨの姿は無かった。
“ 依存しないでね。 ”
その言葉の意味が分かった。確かに今俺はキヨに会いたい。でも出現条件は「煙草の煙」。俺がキヨに会うには煙草に火を灯すしか無かった。
煙草は身体に悪いというのは周知の通り。キヨも俺の身体を気遣って居たんだろうと胸が熱くなった。
3日に1回……彼に会おう。
そう心に決めてはその日をご褒美にPCに向き合った。
カチッ……
「仕事頑張ったね~。お疲れ様。」
「ありがとう。キヨ。」
「俺なーんもしてないや。」
「何も出来ないでしょ。」
「まぁねぇ~。」
「…俺の隣に居るだけでいいよ。」
「…へ?」
隣に膝に肘を付け頬杖をするキヨが顔を上げ目を丸めながら此方を見詰めては腑抜けた声を出す。
「俺さぁ、キヨのことが好きみたい。」
キヨの出現条件を徹底的に調べたのも、キヨの住まいを知りたがったのも、キヨに手を伸ばしたのも…ずっとずっと好きだったからだ。煙草に依存しかけているのも全て”彼の所為”なんだ。
「あっはは、冗談上手いね?」
「冗談だと思わないで。」
「俺は本気だよ。」
「…でも俺煙だよ?」
「それでもキヨが好き。」
「煙草に依存しないようにどれだけ我慢してることか君には分からないだろうけどね。」
きょとんとした顔を浮かべるキヨに悪戯に口角を上げる。
「その気持ちは嬉しいけど…ガッチさんは俺に触れられないし顔を合わせられる時間は少ないし…、」
「それでもいい…それでもいいから。」
「……、最後の一口。」
「あっ……」
そうだ、今はタバコを吸って居る時間だったんだ。キヨに会えるのが嬉しくて忘れていた。灰皿に落ちた火は段々燃え移っていたのか灰皿の中で燃え盛っていた。1度煙草を吸えば燃え盛る火に煙草を押し付け鎮火した。
もちろん、顔を上げた先にキヨが居ることは無かった。
「朝から一服?珍しいね。」
「久々の休みなんだ。今日1日で何回吸っても怒られない。」
「…俺が怒るけどね。」
「えぇ、許してよ。煙の仲じゃん?」
「変なワード作るな。」
「……それでさ、キヨは考えてくれた?」
「まぁ…考えなかったって言えば嘘になる。」
「答え教えてよ。」
「俺でいいならってのが答えかな。」
「断ること理由も無いしね。」
「…あはは、薄い理由だね。煙みたいだ。」
「誰が上手いこと言えと。」
「…でも、煙なのは事実だし。そんなに考える頭はないかも。」
「じゃあその頭のまま俺と付き合って。」
「いいよ?減るもんでもないし。」
「…ほんっとに考えないんだね?」
「またその話する?3秒前に話したよね?」
「改めて考えると可笑しいんだって。」
「…まぁ、俺がいいって言ってるんだから良いのよ。」
「…そういう事にしておくよ。」
「もう消えるよ、最後の一口。」
煙よ…どうか消えないで。
そう思った瞬間煙草の火は消えていった。
その日の夜、明日の仕事に備え最後に一服しようと煙草に火を付けた。
「相も変わらずこの時間なんだね?」
「まぁね、もはや癖付いてる。」
「ふぅん、」
「…キヨから俺に触れることも出来ないの?」
「…分からない。考えたことも無い。」
「1回してみてよ。」
「いいよ?俺も気になる。」
キヨがそっと俺に手を伸ばした。ふわっ、と煙草の香りが鼻を掠めただけで手の感覚はなかった。
「…香りが近付いただけだったよ。」
「だろうね、ガッチさんが無理なのに俺が出来るわけが無い。」
「キヨに触れたい。」
「人間の温もりを知りたい。」
「…やっぱりキヨにも願いがあるんだ?」
「一応これでも魂はあるんですぅ。」
「あはは、そっかそっか。じゃあキヨの願い事教えてよ。」
「人間の温もりを知りたい。」
「人間の苦しさを知りたい。」
「人間の考え方を知りたい。」
「…ガッチさんの何もかもを知りたい。」
キヨのその声が合図だったのかのように煙が途絶えた。
──ガッチさんの何もかもを知りたい。
キヨのその言葉が頭の中を占領した。 ぐるぐると頭の中を渦巻く。キヨの顔で、キヨの行動で、キヨの言葉で……これ程にまで淫情を抱いてしまうというのに。彼に触れられないことが惜しい。彼に触れれるのならなんだってするというのに、神はそれを決して許さなかった。もしも彼に触れられたのなら獣のように彼を貪って居たと考えれば逆にラッキーなのかも知れないが、彼の白い肌に鬱血痕を付けたくて止まなかった。
「仕事終わり?」
「そうだね。」
「お疲れ様。」
「ありがとう。元気になれる。」
「俺さ、触れる事は出来ないけど、ずっと一緒にいる方法考えたよ。」
「ほんとに!?」
俺は思わず立ち上がった。彼とずっと…一緒に居られる?朝起きると彼とおはようと挨拶を交わすことが出来ると考えると興奮を抑えることは出来なかった。
「俺の出現条件は煙。湯気じゃなくて煙。それは分かってくれたでしょ?」
「あぁ、分かった。」
「煙を人工的に作ること、出来るじゃん?」
「その煙をケースに閉じ込めて逃さないようにしたら……」
「キヨが消えることは無い…!」
「…と、俺は考えた!」
「早速やってみよう、!」
人工的に煙を作る…、恐らくスモークマシンの事だろうか?取り敢えず物は試しだ。片っ端から試してやろう。
キヨが入れる位の透明な空間をアクリル板で作った。恐らく180はあると仮定して高さを190にした。そこにスモークマシンの煙をこれでもかと言うほど注ぎ込んだ。
「…キヨ!」
「お、!上手くいった!」
「煙草の煙よりも人間らしく見えるよ、」
「煙が濃いって事だろうね。」
「わぁ…凄い、ほんとに凄い……。まるで人間になった気分だ。」
「ほら、アクリル板越しになるけど…手を合わせれるようになったよ。」
「わは、ほんとだ!」
キヨが嬉しそうに手を合わせた。その無邪気な顔が大好きで思わず顔を綻ばせた。
「ガッチさん、頬付けて、」
ちょいちょい、とアクリル板を指さした。
何事かと言われた通り頬を付ける。
「…ん、もういいよ。」
頬をつけたもののすぐにもういいと言われた。何がしたかったのか分からないまま頭に疑問符を浮かべていればキヨが耳を赤く染めながら照れくさそうに言った。
「…キス、してみた。」
「……ふふ、ほんと可愛いね。」
「もっと君に触れたくなる…」
そっ、と手を伸ばすも感じるものはアクリル板のひんやりとした温度。キヨもそれに重ねるように手を添えるも温もりなんて感じない。感じるわけなんてないと脳では分かっているがやはり悲しさの方が勝る。
「もし…俺が…生きてたら…」
キヨが震える声で呟いた。眉を八の字にして今にも泣きそうに目を伏せた。
「煙のキヨも好きだよ。」
「俺しかキヨの可愛さを知らないって最高じゃない?」
あはは、と巫山戯も織り交ぜて言ってやるとキヨは目を見開いた。揺れる瞳の中は霧がかっていた。…まるで煙のように。
「ガッチさんはほんとに変わってるね。」
「ほんとに……可笑しいよ、」
キヨが瞳を揺らした。涙こそは見えないが声と表情から察するに恐らく泣いていたのだろう。
「どうしたの?荷物なんて纏めて。」
「引っ越すんだ。キヨも連れていくよ。」
「…、そっか」
「……?どうしたの?」
「俺は行けない…んだよね。」
「なんで、??」
「……ほら、お皿を包んだ新聞、読んでみて?」
「…?」
キヨが指さした方向に目を落とすと数年前の新聞が目に入った。
「
︎ ︎︎︎︎︎ 集合住宅全焼 男性死亡
︎ ︎︎︎︎︎ 𓏸𓏸県𓏸𓏸市
︎ ︎︎︎︎︎ 𓏸日午後、老人の住む家を火元に
︎ ︎︎︎︎︎ 集合住宅15軒が全焼した。
︎ ︎︎︎︎︎ その際逃げ遅れた3歳の子を救出
︎ ︎︎︎︎︎ しに行った清川 拓哉さん(𓏸𓏸)
︎ ︎︎︎︎︎ が一酸化炭素中毒で死亡した。
︎ ︎︎︎︎︎ 尚、救出された3歳の男児は命に
︎ ︎︎︎︎︎ 別状は無い。
︎ ︎︎︎︎︎ 」
俺は思わず呼吸をするのを忘れた。
我に返ったときには冷や汗でシャツがべったり肌に張り付いて呼吸を整えるのに必死になった。
「まぁ…その記事の通りなんだよねー。」
「成仏しきれずに現世に遊びに来ちゃった。」
あはは、と元気を取り繕って笑っているがそこに感情が無いことは手に取るように分かった。
「ガッチさん、ありがと。俺すっごい楽しかった。」
「待って、キヨ、」
「はーぁ、生まれ変わったらまたガッチさんに会いたい。」
「きよ、だめ」
「ねぇ、アクリル板、開けて?」
「やだ、やだ。開けない。」
「引っ越すんでしょ?ほら、早く。」
「…また、会える?」
「神様が味方してくれるのならね。」
「……」
「俺は思うよ、また会えるって。」
「俺に記憶は無いかもしれないけどね。」
「そしたら俺はまたキヨに告白する。」
「うん、告白して。俺を引っ叩いて思い出させて。」
「…分かった。」
「その時まで今はお別れ。」
「また会おうね。」
「うん、また、ね。」
俺は意を決してアクリル板を開けた。
その瞬間キヨが俺の元へ飛び出してきた。キヨは煙として消えたが微かに温もりを感じた。最後にキヨが抱きしめてくれた様な気がして目頭が熱くなった。
「…大好きだよ。」
本当に会えるかも分からない彼との日々を思い返しながら、僅かに残る煙を眺めていた。
コメント
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うーわ天才……やべぇ泣けてきた……火事の原因放火とかだったらガチで犯人〇す 助けに行くとか…どんだけかっこいいんだよ……