テラーノベル
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「寝ていたら起こしてくれ!」
「わかったわ・・・・ すぐに起こすから」
看護師は点滴を差し替えたらすぐにいなくなった、藤子が手を伸ばして洗いたての湿った髪を撫で、軽く頭皮を揉んでやった 文也はため息をつき 目をしばたいた
「気持ちいい・・・・」
「ずっとこうしててあげる・・・」
藤子はしばらく大きな猫にするかのように、優しく頭を撫で続けた、二分もいないうちに文也の目はトロンとし・・・深い眠りにつき、やがてピクリとも動かなくなった
グスッ・・・ 「本当に・・・・ 無事でよかった・・・・」
藤子は涙を拭いて鼻を啜った、そして文也の乾いてヒビが入った唇に軟膏を塗った、点滴の袋の交換や心電図の機械の数字の確認で、看護師が来た時は彼の様子を話し、やがてしばらく席を外しても大丈夫だろうと判断した藤子は、2階に向かった
集中治療室ICUに行くと、寝ている竜馬のベッドの横の長椅子に、ジェニが座っていた
ジェニはじっと竜馬を見つめ、身動きひとつしなかった、地獄のような不安にさいなまれ、まともにものが考えられないのだろう
ジェニ自身も竜馬同様顔が真っ青だ、藤子が近づくと顔を上げたが、またため息と共にうなだれた
藤子はジェニの横に静かに座り、そっとジェニの頭を自分の肩に引き寄せた、ジェニはされるがまま、藤子の肩にもたれて竜馬をひたすら見つめた
「・・・二人とも・・・・ 元気になったら・・・首を絞めてやらないとね、こんなにみんなに心配させて・・・・」
藤子が言った
「それなら私の後ろに並んでもらわないと・・・」
ポツリとジェニも呟いた、それからまた二人は無言でしばらく竜馬を見つめた
「文也君・・・よかったね、今は? 」
「寝てるわ・・・・ 宗一郎さんが言ってたけど・・・ 」
藤子がためらいがちに言った
「竜馬さんが・・・一命をとりとめても、その後が大変かもしれないって・・・ 耳や・・脳の損傷とか・・・ああ・・・想像もつかないけど、あなたがそれに耐えきれなくなったとしても・・・ 誰もあなたを責めないから・・・ だから・・・ 」
「そのことなら考えたわ 」
ジェニがきっぱり言った
「竜馬さんがこれからどのような状態になっても、たとえ沢山彼に障害が残ったとしても、私は彼の傍にいたい・・・ 彼のお世話をする、私は彼と一緒にいる、結婚する、どんな状態でも生きていてくれさえすればそれでいいの」
ジェニは自分でも発した言葉に驚いた
そして言葉に出したことで、何かがストンと腹に溜まり、もう涙はひっこんだ、泣いているのは藤子の方だった、そこに宗一郎と豊が入って来た、さっきから宗一郎のスマホには、メビウスの社長の水難事故を聞きつけて、多くの仕事関係の電話が入っていた
宗一郎はひっきりなしに鳴る、電話の対応に追われていた
「今医者と話してきたが、竜馬の容態は落ち着いているそうだ・・・おれと宗一郎は一旦帰って、明日また来るよ 」
ジェニは豊をエレベーターまで送ることにした、竜馬が目を覚ましたらすぐに 教えてくれと言って、数時間ぶりに膝を伸ばした
「明日また明美を連れて来るよ、それと・・・ これは竜馬が目を覚ましてからなんだが、耳は・・・片方は大丈夫そうなんだが、もう片方は・・・いずれも専門医に聴覚障害が、恒久的なものかどうか見てもらう必要があって――」
「わかってる」
ジェニはエレベーターのボタンを押しながら、豊にそれ以上言うなとじっと見つめた
「・・・竜馬さんとは・・・知り合って間もないけど・・・私は運命の相手だと思っている・・・」
ガバッと豊がジェニに詰め寄って、顔を歪めた
「お前!本当に覚えていないのか?」
ピシャリと兄が憤りを感じて妹に言った
「何よ!」
ジェニもムッとして豊を見た
「なんてことだ!妹がこれほどアホだとはっ! 竜馬に申し訳なくなる! 竜馬からお前が自然と思い出すまで口止めされていたが、お前はあれほど懐いて「結婚する」って 泣き喚いていたのに! いなくなって熱を出すほど悲しんでいたのにっ!なんでそんなにきれいさっぱり忘れていられるんだ?!俺はすぐわかったぞ! 」
ハッ!と言いながら豊が両手を天にあげた
「だから何のことよっっ!!」
ジェニが意味がわからないことで、豊にアホ呼ばわりされるのには我慢ならないとばかりに言い返した
「竜馬は(大きいお兄ちゃん)じゃないか!! アホッ!! とっとと思い出せ!」
「大きいお兄ちゃんって誰のことよっっ!!!」
「忘れたとは言わさないぞ! 母さんが亡くなったあのひと夏! 俺達は竜馬と一緒に暮らしたじゃないか!」
―あっ!!!―
ジェニはハッとした
―あっ!あっ!あっ!―
蘇る記憶、ジェニの心臓がひどく早鐘を打ち、肺の中の空気が全部押し出されてしまう感覚に襲われた
あの幼い頃の夏のひととき・・・一緒に暮らした男性にジェニは恋焦がれていた
いつまでも彼に家にいてほしかった・・・インフルエンザでジェニが高熱に臥せっている時に、いなくなってしまった彼・・・
そのショックでジェニは再び寝込んでしまった
あの夏・・・ジェニは愛しい人を二人いっぺんに失った、一人は癌で息をひきとった母親・・・そしてもう一人は・・・
「なんてこと・・・」
ジェニはまったく抑揚のない声で言った、耳の奥でハチがブンブンと飛び交うような音がする、豊はジェニをじっと見つめている、目に涙をため、溢れる感情を抑えるように、顎を震わせている
ジェニは自分に言い聞かせるように呟いた
「竜馬さんが・・・・(大きいお兄ちゃん)だったの?・・・」
・.。. .。.:・
桜咲かな
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コメント
2件
ジェニは、小さかったから覚えていなくても仕方ないんじゃないかな。 お父さんが亡くなって、会社の事もあったし。
うわ、このタイミングで「大きいお兄ちゃん」の記憶が戻るとは…!ジェニが竜馬の状態を「どんな障害が残っても一緒にいる」と宣言した直後だからこそ、あの回想の衝撃がすごく響きました。子供の頃に恋焦がれて、失ったショックで忘れてしまった相手が、まさか今の竜馬だったなんて。豊の「アホっ!」が逆に愛情深くて泣けます。文也と藤子の静かなシーンも対照的で、心が温かくなりました。続きが気になって仕方ないです!