「変わったね、なのは。
あの頃のなのは、もっと必死だったように見えた。
笑ってるのに、どこか寂しそうだった。
今のなのはは、もう、向き合えるだけのものを持っていると思う。」
一花は、寂しそうに、でも、笑って言った。
私は、なんだかおかしくて、でも、悲しくて、笑った。
もういいや、って思ってしまったから。
もう、どうにでもなれ。
そう、投げやりな気持ちで私は口を開いた。
「あはは、なんで一花、寂しそうなの?
そんなに、一花から私が離れていくのが嬉しかった?
私、一花のこと、縛り付けてた?」
私の本音は、いつも素直にまっすぐしていない。
ひねくれてて、こんなふうにしか伝えられないけど、私は、私は、
寂しい。
自分だけが、あの世界にいない。
価値のある世界に、私は放り出されている。
だって、
私は無価値だから。
でも、そんな私にだって「感情」っていうのは一丁前にあるみたいで、
今私は、すごく腹立たしかった。
悔しかった。
にくかった。
真っ黒な感情が、心という鍋から吹きこぼれて、止まらない。
だって、
いちかには、言われたくなかった。
「一番変わったのは、いちかじゃんっ……!」
私はそう大きな声で叫んだ。
昔は、人の意見に流されている子だったのに。
自分の意見なんて、ないような子だったのに。
瑠璃に一番流されていたのだって、いちかなのに。
なのになんで今、そんなふうに、幸せな人が浮かべる表情をしているの?
ねえ、なんで…………っ、なんで私ばっかこんな風にならなきゃいけないの………っ?
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「桜なのはは、最低だから」
少し前のことだ。
みさきがそう言っているのを聞いてしまった。
最低、か。
確かにそうだけどさ、と鼻で笑う。
そうだよ、私は最低だ。
人を傷つけているし、自分のだって素直じゃなければ、相手にも素直じゃない。
でもーーーー
みさきには、言われたくない。
みさき、私のうわさ、流したじゃん。
みいさに私のことを教えたのがみさき、って言う確証はないけど、
でも、ずるいよ。
いい子のふりして騙すとか、そっちの方が、最低じゃん。
私とたまたま会った時とかは、そんなそぶりないのに。
まるで、いじめられちゃった子みたいな顔してさ。
いじめたんでしょ?そっちがさ。
しかもさ、そうやって、コソコソされる方が、嫌だって、知ってるでしょ?みさきだって。
これ以上、私の思い出、壊さないでよ。
もういいって。
わかったから。
桃と凛と、仲良くしてればいいんだよね?
わかってるから。
もう一度仲良くしようなんて都合のいいこと、思ってないから、もうやめてよ。
一人の怖さ、知らないくせに。
何も分かってないのに、これ以上、追い詰めないでよ。
居場所奪わないでよ。
全部全部、欲しいもの全部掴める人に、私の気持ちなんて、わからない。
無価値な私なんかはもう、ほっといてよ………っ!
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「私は、私は、もう、みんなのことなんてなんとも思って………ない……から……!」
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「良かったと思ってるよ、私は。」
母がそう言った日のこともつい最近のことみたいに脳裏に蘇る。
唐突に言われた言葉に戸惑った。
何が?と尋ねた。
母は、「すずさんとみさきさんと、一緒にいなくなったこと」と言った。
私は黙って母を見つめた。
後ろめたかった。
本当は一緒にいたいなんて、一花にだって言えないのに、母に言えるわけなかった。
「だって、あの頃のなのは、人を見下していたでしょう?」
そうだね。確かにそうだ。
「少しでも自分より下のひとは、言い過ぎじゃない?ってくらいひどいこと言っていた。」
だって、ムカつく時だってあったんだもん。それをその人の目の前で言わなかっただけマシじゃん。
「でも、今のなのはは、あの頃とは違う。」
何が……?別にそんなことない。
「変われたんだね、なのは。」
ちがうよ、変わったんじゃない。
1人になったから、見下せなくなっただけでしょ?ざまあみろってかんじでしょ?
ふう、と小さく息を吐く。
分かってない、この母親は。
だって、今笑ってるの、私じゃないし。
私は、夏葉ねえの真似をしてるだけ。
そうしてないと、お母さん、悲しむじゃん。
本当の私なんて、誰も見向きもしないじゃん。
嘘ばっかりな私、みんな嫌いになるから。
だから、夏葉ねえっていう私の憧れを演じてる。
夏葉ねえは、大切にされてたから、私もそうなりたかった。
でもね、そのうち気付いたの。
真似すればいいじゃんって。
無価値の私じゃなくて、大切にされてきた夏葉ねえになるの。
目の前に立つ一花を見て、私は彼女に心の中でこう問いかける。
『そうすれば、私は大切にされるでしょ?』