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北の果て。人類に忘れ去られたと言われている地「エアイネルング」。かつて、この地で何があったのかなんて覚えているのも極僅かの生き物と、歴史を見守ってきた木達のみ。そんな「エアイネルング」という土地の話を今日はしてあげよう。
「お母さん!!」
まだ、齢4歳くらいの少女が母親らしき人物の後を追いかける。ごく普通で、ごくありふれた光景だ。だが、孤独を味わってきた俺の目には幸せすぎる光景だった。母親なんていない。俺を産んだ女ならいる。回りくどい言い方をしたが、あんなヤツを母親とは言いたくない。産まれてすぐに捨てられた。
『アンタなんて産みたくなかった』
俺の記憶に残っている母親の言葉だ。幸いここは小さな村だ。俺が捨てられたことに気づいた村人達が俺を育ててくれた。話を聞くと母親は娼婦を営んでいたんだとか。まあ、ようするに俺は望まれて産まれた子供じゃなかった。幸せに暮らしたかった。嫌な事ばかり頭に浮かんできた。
(少し、、、休もう)
そう思い、近くの木陰に移る。鳥の囀りが煩いくらいに聞こえる。この村はそのくらい静かなのだ。寝るには絶好の日和だろう。そう考えながら、眠りにつこうとした時。
「こんにちは!」
1人の女性がこちらを覗き込んでいる。目は宝石のように輝いていて、これでもかというくらい大きい。正直こんなに綺麗な目は初めて見た。唇は程よい厚さで、ぷっくりとしている。というか、気持ち悪いな。俺。初対面の女性なのに、、、。
「こんにちは!!」
先程よりも大きな声で言う。返事がないから聞こえていないと思われたのだろう。
「嗚呼、こんにちは」
静かに答えると、女性は満足そうに笑みを浮かべる。俺は一瞬で目を奪われた。もし、この世に天女というものが存在するのなら、この女性が当てはまるのかもしれない。そう思わせるくらいには美しい存在だった。もしかしたら、これが一目惚れというやつなのかもしれない。
「私ね、最近越してきたの」
どうやら持病の影響で、都会の方から地方に移ってきたそうだ。病気を治したいけれど、お金が無い。稼ぎたいけれど持病のせいで働けない。そんなことの繰り返しだったようで、なかなかに苦労していたそうだ。もう諦めた彼女は余生くらい静かに過ごしたい。とこちらに来たんだとか。初対面の俺にここまで、手の内を晒していいのか。と不安になり、尋ねる。
「なぁ、俺達は初対面だろう?ここまd…」
「え?違うじゃない。会ったことあるわよ?」
問いを投げかけ終わる前に遮られる。不思議そうに首を傾げて俺を見つめる。もしかして、俺が覚えていないだけで会ったことがあるのか?と思い、記憶を探るもこんなに美しい女性は見た事すらなかった。それなら、彼女の人違いか?と思い再度問いを投げかけようとすると。
「あ、名乗ってなかったね!私、リリア・ガッティン」
そういうと、貴方は?と首を傾げる。
「俺はヘレ・シュメルツ」
名乗ると嬉しそうに微笑む。不覚にもときめいてしまった。三十路近いおっさんが気持ち悪い。自己嫌悪に陥っていると彼女、いやリリアが立ち上がった。
「私のお家に招待するわ!」
そういうと寝転んでいた俺の手を掴み、起き上がらせる。こんなに華奢なのに、力はあるんだな。と心の中で思いながらリリアについて行く。どのくらい歩いただろうか。実際にはそんなに歩いていなくとも、体力が落ちている俺からしたら30分は歩いている気がする。少し疲れた。と思ったその時、リリアが振り返り元気よく言った。
「ここが私のお家よ!どう?綺麗でしょう」
自慢げに言う姿がなんと愛らしい。そう言われ目の前にある家をみあげる。俺の家とは比べ物にならない、いや比べたら失礼な位の大きさの家がそこにはあった。お金が無いと聞いていたので、どういうことかと困惑する。そんな俺を見かけたリリアは、説明をしてくれた。
「私のおじいちゃんが、とっても偉い人なの。お金がいっぱいあるんだよ。」
そういうと寂しそうに目を伏せる。
「でも、おじいちゃんの事好きじゃないの。お母さんのことぶったりするから。私が病気になった時も、お前のせいだ~って、お母さんの事ぶったの。」
これ以上触れてはいけない気がして、急いでリリアの口を塞ぐ。
「んぐっ、!?」
あっ、しまった。怖い人と思われただろうか。俺は昔から人との距離感を上手く測れる人間じゃない。いきなり女性の口を塞ぐなど、一般では有り得ない行為だろう。その事に気づき、急いで手を離した。
「ぁ、その、なんだか聞いちゃいけない気がして、」
急いで言い訳を述べると、リリアは可笑しそうに笑いだした。
「あははっ、ヘレって面白い人ね!」
目の端からこぼれた涙を拭う姿さえ美しい。と感じてしまうのは重症だろうか。
「みんな私には触れたがらないのに。さあ、おいで! 」
にこにこと笑うと、俺の手を引っ張り家の中に入れた。外装も内装もとても豪華だった。大きなシャンデリア、大理石の床。俺が住んでいる世界とはかけはなれた世界がそこには広がっていた。
「ヘレ、お腹は空いている?」
振り返りながら歩いていく先にはキッチンとは思えないほどの大きなキッチンが広がっていた。俺の家のリビングくらいの広さはある。一応俺も普通の一軒家のはずなのだが、、、。
「気にしなくていいよ。大丈夫s…」
ぐうぅぅ
口に出た言葉とは裏腹に俺の腹が鳴る。恥ずかしい。とても恥ずかしい。消えてしまたい。
「ふふっ、パイがあるの。直ぐに温めるわね」
少し笑みを零し、冷蔵庫から取り出したパイをオーブンで焼き始めた。とてもいい匂いがする。ベリーパイだろうか。ベリーパイは好物だ。
「ねぇ、ヘレ」
リリアが此方をみつめる。その大きな瞳に汚い俺が映るのが嫌で、つい顔を背ける。目線を逸らしたまま、リリアの問いに返事をする。
「なんだ?」
「村の人たち、いい人たちね」
都会とは大違いだわ。とあまりに悲しそうな声で言うものだから、つい、リリアを見てしまった。確かに、この村の人達は心配になるくらい人柄がいい。人殺しが起きても理由があるなら。と許してしまいそうなレベルだ。流石にそこまで優しくはないだろうが。
「自慢の家族だ。」
そういうと、リリアは目を見開き俺を見つめる。これでもか。というくらい大きく見開かれた瞳は、じっと、俺をとらえる。
チリーン
ベルの音が鳴る。パイが焼けたのだろうか。確かに少し焦げ臭い匂いがする。でも、その匂いの中に混じっているベリーの匂いはとても美味しそうで、食欲がそそられる。
「あっ、焼けたみたい!」
そういいながら、ぱたぱたと効果音がつきそうな様子で、キッチンに向かう。小さな身体に大きな手袋をつけ、一生懸命パイを切り分ける姿は本当に可愛らしかった。男にも母性があるのならこの感情を示すのだろう。
「どうぞ!」
「嗚呼、悪いな。ご馳走になってしまって。」
「いいえ、いいのよ。どうせ寂しい家だもの。」
寂しい家。その言葉が俺の胸に引っかかった。この家に一人暮らしということだろうか。と、貰ったパイを頬張りながら考える。
(美味っ、)
1口、口に含んだ瞬間に甘酸っぱいベリーの味が広がる。ここまで美味しいベリーパイを食べたのも初めてだった。とても美味しい。俺はこの味を生涯忘れないだろう。
「お口にあったようでよかったわ」
嬉しそうに微笑むリリアは本当に天女のようだった。ふと、先程の言葉が頭をよぎる。
「え?違うじゃない。会ったことあるわよ?」
本当に俺は会ったことがあるのだろうか。精一杯記憶を探すが、やはり思い当たらない。疑問に思い、リリアに問おうとした瞬間玄関のベルがなる。
「あら、お客様ね。」
立ち上がり、玄関に向かうリリア。返事をしながら玄関を開ける音がすると、焦ったような男の声が聞こえてくる。
「〜っ、!!!……っ、」
「……。〜〜。」
言い争っているのだろうか。男の声は段々と荒くなっていく。このまま争いになったら、どうすれば。という不安が頭をよぎり、足を玄関の方へ運ぶ。そこには、金髪の髪に群青色の目を持つ女とも言えるような美しい男がいた。その男は俺を見るなり、目を見開きこんなことを呟いた。
「そうか、、、そういうことなのか。」
少し傷ついたような顔をしながら、リリアを見つめる。
「勝手に勘違いしないでちょうだい。私の意思でこの村に来たのよ。」
リリアは上記を述べると、俺の方を振り返り俺の手を握る。咄嗟のことに驚いた俺は抵抗する暇もなく、玄関の近くまで連れてこられた。
「この男性は私のことを理解してくれたの。あなたと違ってね。」
恐らく婚約者かなにかなのだろうか。俺は間男として認識されているのでは。という変な不安が胸にあった。でも、そんなことを気にする間もなく、リリアの手が震えていることに気がついた。
「あの、もういいっすかね。その、リリアも怖がってますし。」
そう言いながら、リリアをみつめる。
「お前に何がわかるっ!!!」
男が大きな声を出す。その声に俺もリリアも肩を震わせた。
「この村は危険なんだ!!お前もリリアも殺されるぞっ!!」
村のことを悪く言われ、頭に血が上る。俺の事を本当の息子のように可愛がってくれ、いつも優しく接してくれる村人のことを悪く言われるのはどうしても許せなかった。
「出て行ってくれないか。」
「そんな人だと思わなかったわ。」
ほぼ同時に俺とリリアが言葉を発する。リリアの方に顔を向けると、額に小さく青筋が浮かんでいるのが見えた。怒ってくれている。この村のために。その事実がとてつもなく嬉しかった。男は諦めたのか、最後に
「後悔するぞ、」
と吐き捨て帰って行った。玄関の扉が大きな音を立て、閉められる。俺とリリアは見つめあったあと、互いに吹き出した。
この時間が続けばよかったのだ。
永遠に。