テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
お股ポテト
29
はるにし
72
屍狼事件から、ひと月ほどが経った。
僕は正式にシュメリの許嫁になった。
と言っても、教会で誓約書にサインしただけなんだけど。
「あんなに簡単でいいの?」
「案外、簡単なものだよ」
もっと仰々しい何かがあるのかと思っていた。
「うちは以前、大きな火災に見舞われてね。その時に両親を亡くしているんだ」
「そうだったんだ」
シュメリから家族の話をあまり聞かない。
あんなに広い屋敷も、僕とバルトが来るまでは、シュメリ一人しか住んでいなかった。
「親類が、いるにはいるが。付き合いもあまりないからね。ただ、結婚式は呼ぶことになるだろうけど」
シュメリの顔が笑ってない。
あんまり好きじゃないのかな。
「許嫁になっておけば、文句を言われる筋合いもないからね」
「文句言われちゃう?」
僕が獣人だから、反対されたりするだろうか。
「アスランズ王国唯一の精魂師を否定する者がいるなら、聖騎士の私が斬り捨てるよ」
「斬り捨てるのは、ダメ!」
慌ててシュメリの腕に飛びついた。
シュメリが、爽やかに笑った。
「冗談だよ。心配ないさ」
シュメリが僕の手を握る。
二人で、手を繋いで歩いた。
「折角の記念日だし、何か買って帰ろうか。お祝いしよう」
「嬉しい。何がいいかな」
「やっぱり、ケーキかな」
「ケーキ……」
僕は、ふと思った。
「ケーキは、やめたほうがいいかも」
「どうしてだい」
「だってね……」
シュメリに、こしょこしょと耳打ちする。
納得の顔でシュメリが頷いた。
「なるほど……ならば、寄り道しないで真っ直ぐ帰ろうか」
「うん!」
僕らは軽い足取りで、屋敷に帰った。
屋敷に帰ると、使用人に食堂に案内された。
豪華な料理が準備されている。
「うわぁ、凄い」
「まさか、料理までとは」
二人で、呆気にとられた。
「なんだ、早かったな」
バルトが部屋に入ってきた。
カートに特大のケーキを乗せている。
「わぁ! やっぱりケーキ。これ、バルトが作ったんでしょ」
「ん、まぁな」
照れた顔で、バルトが目を逸らした。
「これは、随分と器用だね」
シュメリがケーキを見て感心している。
デコレートされたケーキには、「リンネ&シュメリ おめでとう」と書かれていた。
「折角の記念日だからな。皆に手伝ってもらって、準備したんだよ」
使用人の皆から拍手が湧いた。
「前から思っていたけど、バルトは随所で気が利く男だね。うちの執事にどうだろう」
「謹んでお断りするよ」
「じゃぁ、庭師は?」
「今は週一契約だろ」
前の庭師は老齢を理由に退職したらしい。
新しい庭師も見付からず、今は魔術師団の傍らでバルトが手入れをしている。
(シュメリは新しい庭師さん、探す気がないんじゃないかな)
庭師の契約は、バルトをこの屋敷に引き留めておく鎖のように見える。
僕のためなのかもしれないけど。
最近は、シュメリがバルトを離したがらない感じがする。
「リンネの教育係なんて、どうだい」
「今となっては、それはお前の役割だ」
使用人の人たちが、ケーキをテーブルに置いた。
カートを持って、下がっていった。
「許嫁と教育係は別物だ。リンネには、覚えてもらうことが山ほどある」
「貴族様のお作法なんか、知らねぇよ」
僕もバルトも、そういうものとは無縁の生活をしてきた。
人里から遠い、魔窟の森で生活していたんだから。
「どうしたら、屋敷に残ってくれるのかな」
「その気はねぇよ。いいから座れ」
バルトに促されて、僕たちは席に着いた。
グラスに飲物が注がれる。
「リンネはジュースな」
「はぁい」
シャンパン一杯で酔い潰れて以来、お酒を飲ませてもらえない。
(美味しかったのに。僕だって大人なのに)
今日は酔い潰れたくないので、ジュースで我慢した。
「バルトも座って。私が注いであげよう」
シュメリがバルトのグラスにシャンパンを注いだ。
「では」
シュメリがグラスを持つ。
バルトが続く。
僕は二人の真似をしてグラスを持った。
「僕とリンネの婚約に、乾杯」
グラスを掲げて、口を付ける。
甘くて美味しい、リンゴジュースだ。
僕らは料理を楽しんだ。
「バルトは頑固だね。僕の誘いに乗ればいいのに」
「お前もしつこいな」
「欲しいものは手に入れる主義なだけだよ」
「あぁ、そうかよ」
シュメリとバルトがまた言い合いしている。
二人は今日も仲良しだ。
「私はね、簡単に人を信じる質ではないんだ。本当に信を置いた相手しか、傍には置かない」
シュメリが食事をしながら何でもないように話す。
バルトが、シュメリをちらりと眺めた。
「だから、しつこいんだよ」
シュメリがバルトに微笑みかけた。
(言われてみれば、そうなのかも)
この大きな屋敷に、使用人は最低限しかいない。
その使用人も、あまり自分に近付かせない。
(だけど、シュメリはバルトを友人って呼んでた)
二人は互いに友人だと話していた。
もしかしたらバルトは、シュメリにとって僕以外で一番信用できる人間なのかもしれない。
「庭師は引き受けただろ。俺みたいな黒い人間は、いつまでも貴族様の屋敷にいるもんじゃねぇよ」
「黒い仕事はやめただろ。この私の口利きで」
「はいはい、その通りだけどな。これ以上、どうしろってんだよ」
「私の秘書官はどうかな」
「嫌だよ」
二人の会話を、お肉を食べながらぼんやり聴く。
僕以上にシュメリのほうが、バルトが出て行くのを寂しがっているように見える。
「週一で庭師の仕事をしに来るし、いくらでも遊びに来てやるから。友人で我慢しろ」
「住み込みの友人かい?」
「いい加減にしろ」
二人のやり取りが白熱してきた。
シュメリもバルトも折れない。
二人とも頑固だ。
「僕は、バルトを応援する」
僕が口を挟んだら、二人の言い合いが止まった。
「リンネ、いいのかい?」
「うん、決めたんだ。バルトが決めたことを応援するって」
それが大人になるってこと。
屋敷を出ても、バルトとの絆は切れないから。
だから、泣かないんだ。
「バルトがお屋敷を出て行っても、遊びに来てくれるもん。庭師で来てくれるもん。僕も、引っ越し手伝うよ」
泣かないって思うのに、ポロポロと涙が勝手に流れる。
「僕、平気だからね。ちゃんとお見送りするんだから」
ボロボロ泣きながら言っても、説得力がない。
バルトが、困った顔をしてる。
「リンネ……そういうのが一番、しんどいんだよ」
「泣いてないから! これは涙じゃないから!」
シュメリが席を立って、僕の涙を拭いてくれた。
「息子を泣かせるなんて、ダメなお父さんだね」
「うるせぇ」
バルトが頭を抱えた。
どうしよう。
バルトを困らせちゃった。
ちゃんと見送るって話したかっただけなのに。
「……成婚するまでだ」
「え?」
僕とシュメリは、同時にバルトに視線を向けた。
「リンネとシュメリが成婚するまでなら、いてやる。それ以上は、さすがに無理だ」
「本当?」
僕は思わず身を乗り出した。
「それはいいね。成婚までにバルトを口説いて、私の執事にしよう」
「なんでそうなるんだよ」
「バルトが執事になって結婚したら、この屋敷を出てもいいよ」
シュメリがすごく良い笑顔だ。
プランを実行する気満々の顔だ。
僕は、前世で読んでいた『聖騎士と暗殺者』を思い出していた。
あの本も、攻めのシュメリが受けのバルトにグイグイいく関係性だった。
(友人になると、こんな感じなんだ)
なんだか、妙に納得してしまった。
「バルトの身の振りも決まったことだし、もう一度乾杯しようか」
「しねぇよ。決まってねぇからな」
「二人はやっぱり、仲良しだね」
涙はすっかり引っ込んで、僕はお肉をパクリとした。
「リンネも、ああ言っているよ」
「仲良しじゃねぇだろ、リンネ」
良い笑顔のシュメリも、頭を抱えるバルトも、いつもの光景だ。
それが楽しくて、嬉しくて、安心する。
「お肉、美味しい」
大好きな二人と一緒に、僕は大好きなお肉を頬張った。
コメント
1件
第57話読みました!婚約記念、おめでとうございます🎉 バルトが特大ケーキ用意してくれてるの、めっちゃグッときた…「リンネ&シュメリ おめでとう」ってデコレーション、泣ける。リンネが「泣いてない」って言いながらボロボロ泣くところ、可愛すぎて胸がぎゅっとなったよ。シュメリとバルトの言い合いも微笑ましくて、3人の距離感が本当にあったかい。バルトが成婚まで残るって言った時、一緒に安心したわ。大好きな2人とお肉を頬張るリンネ、最高の記念日だね🔥 次話も楽しみにしてる!