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灰色の腕が引っ込み、代わりに人影が、舞台の上に落ちてきた。
「……人?」
ボロ切れのような外套。革の鎧。腰には刃こぼれした剣。 観光客の誰かが、安堵したように息を吐いた。
「なんだよ、コスプレか……」
その言葉は、最後まで言い切れなかった。
落ちてきた男が顔を上げた瞬間、俺は見てしまった。 目が、完全に虚ろだった。
焦点が合っていない。 まるで、誰かに操られているかのように。
「……排除、命令」
男の口が、ぎこちなく動く。
次の瞬間、剣が振り下ろされた。
悲鳴。血。混乱。
「逃げろおおお!」
教師が叫ぶ。だが逃げ場は狭く、観光客同士がぶつかり合う。 その間にも、裂け目から次々と人影が落ちてくる。 老若男女。 だが全員、同じ虚ろな目をしていた。
「……異世界人?」
スマホが震える。
《先遣侵攻部隊:展開》
《魔王軍 第三斥候群》
《構成:魔族 0/使役異世界人 12》
「魔族、ゼロ……?」
そのとき、裂け目の奥から、別の気配が流れ込んできた。 人ではない。 だが、意思はある。
黒い霧が形を取り、鎧をまとった存在が姿を現す。 顔は兜に覆われ、赤い光だけが兜の隙間から揺れていた。
「抵抗反応、確認。 この世界―侵攻価値あり」
それだけ言うと、黒い鎧の騎士は裂け目の向こうへと退いた。
残されたのは、倒れた人々と、操られている異世界人たち。 そして、見定められたという事実。
直樹のスマホに更に表示が浮かぶ。
《評価結果:合格》
《次段階侵攻まで:72時間》
空の裂け目から現れたのは三人。 全員が同じような革鎧を着て、剣と槍を持っていた。
顔は人間だ。髪も、肌も、年齢もばらばら。なのに目だけが虚ろだった。
「……前進」
ひとりが低い声で言うと、三人は一斉に歩き出した。
歩幅も、速さも、完全に同じ。
「逃げろ!」
誰かが叫び、空気が弾けた。
直樹は反射的に拓海の腕をつかんだ。
「拓海、走れ!」
「な、なにあれ……映画じゃん……!」
背後で、石畳に何かが叩きつけられる音がする。 振り向かなくても分かった。 投げ槍だ。
当たった観光客が倒れ、血が広がる。
悲鳴が遅れて耳に届いた。
「こっちだ!」
佐久間が叫び、避難場所の案内標識の方を指差す。 人が雪崩のように押し寄せ、出口はすぐに詰まった。
「押すな!」
「子どもが――!」
直樹の背中に衝撃。誰かが転ぶ。
「里奈!」
クラスメイトの里奈が転びかけ、直樹は手を伸ばした。
「ごめん、ありがとう」
その瞬間、背後の空気が冷えた。 ガリ、という音がすぐ近く。
異世界人が、もうそこまで来ている。 神代は反射的に、里奈を引き寄せた。 槍が、さっきまで彼女のいた場所を貫く。
「……っ!」
異世界人の顔が、間近にあった。 歯を食いしばり、涙を流している。
――泣いているのに、止まらない。
「来るな!!」
佐久間が消火器を振り回し、粉末を噴射した。 白い霧が視界を覆う。
「今だ! 走れ!」
直樹たちは非常階段に駆け込んだ。 足音が重なり、誰かが転び、誰かが泣く。
階段の下から、規則正しい足音が追ってくる。 走っているのに、追いつかれている感覚。
「……拓海、いるか!」
「いる!でも藤本が!」
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その名前を聞いた瞬間、直樹は足を止めかけた。
「直樹!」
佐久間が腕をつかむ。
「戻るな!今戻ったら全員やられる!」
理屈は正しい。
でも――
下の踊り場で、誰かの声がした。
「……たす、け……」
かすれた誰かの声。
それが藤本の声だと、直樹は直感してしまった。 足音が、すぐそこまで来ている。
選べ。
止まるか。
走るか。
「……くそっ!」
直樹は歯を食いしばり、前を向いた。 階段を駆け下り、外に飛び出した。
逃げ切った。 だが、全員ではなかった。
頭の中で、あの声が何度も響いていた。
――助けて。
罪悪感が押し寄せてきた。もしかしたら助けられたのかもしれない。俺は一つの命を見捨てた。