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セレスティア魔法学園のグラウンドは、
かつての華やかな体育祭の面影を失っていた。
初夏の陽射しは炎と影に飲み込まれ、
色とりどりの旗は燃え尽きて灰と化し、風に舞う魔法の粒子は戦いの熱気で歪んでいた。
生徒たちの歓声は遠い記憶となり、
代わりに響くのは魔法の爆音、
校舎の崩れる轟音、
生徒たちの悲鳴。
アルフォンス校長とサンダリオス家
――母エリザ、父パイオニア、姉ルナ――
の戦いは、グランドランド全土を震撼させるほどの激しさだった。
校舎の壁は裂け、屋根は崩れ、グラウンドは炎と風と影に蹂躙されていた。
アルフォンスの「記憶の鏡」が、
空間に巨大な鏡を出現させた。
直径十数メートルの鏡は、まるで湖面のように滑らかで、サンダリオス家の過去を映し出す。
エリザが幼いレクトを抱きしめた温かな日々、
パイオニアが息子に魔法の基礎を教えた厳格な瞬間、
ルナが弟と笑い合った遠い記憶。
それらが鮮やかに、
だが痛々しく映し出されるたび、サンダリオス家の三人は動揺を隠せなかった。
エリザの金色の髪が揺れ、彼女の目には一瞬の後悔が浮かぶ。
パイオニアの炎のような眼光が揺らぎ、ルナの冷たい影が縮こまる。
本気を出した彼らの魔法は、学園を破壊するほどの力を放つ。
パイオニアの炎魔法がグラウンドを焼き尽くした。
巨大な炎の柱が天を突き、空が真っ赤に染まる。
校舎の東棟に炎が走り、石壁が溶けるように崩れ落ちる。
炎の熱波がグラウンドを覆い、生徒たちの悲鳴が響く。
エリザの台風魔法が吹き荒れ、校舎の窓ガラスが一斉に砕け、木々が根こそぎ倒れる。
風はまるで刃のように鋭く、グラウンドに深い溝を刻む。
ルナの影魔法が地面を這い、校舎の基盤を侵食。
黒い霧が建物全体を包み込み、柱が軋み、屋根が崩落する。
校舎は今にも完全になくなりそうだった。
フロウナ先生が叫び、幻獣魔法を発動する。
彼女の周囲に銀色の幻の狼が現れ、
炎と風から生徒たちを守る。
彼女の身体は震えていたが、瞳には生徒を守る決意が宿る。
「みんな、校舎の裏に避難して! 早く!」
星光寮の生徒たちは、恐怖で震えながらフロウナの指示に従い、校舎の裏へと逃げた。
だが、ヴェル、カイザ、ビータはまだグラウンドに倒れたままだ。
第14話でパイオニアの炎にやられた三人は、意識を失い、戦いの嵐の中に横たわっている。
フロウナは新たな幻獣――巨大な鷲――を召喚し、三人を炎から守る。
鷲の翼が風を巻き起こし、炎を押し返すが、ルナの影が鷲の足元を縛る。
「無駄な抵抗よ。」 ルナの冷たい声が響く。
アルフォンスは額に汗を浮かべ、記憶の鏡を操る。
鏡には新たな記憶が映し出される――サンダリオス家がレクトを家から追い出した夜。
冷たい雨の中、レクトが泣き叫び、家族の背中を見つめる姿。
エリザの目が揺れ、彼女の手が一瞬止まる。
「レクト…」 彼女の呟きは、台風の咆哮にかき消される。
「黙れ、老いぼれ!」
パイオニアが咆哮し、炎の槍をアルフォンスに放つ。
槍は鏡に突き刺さり、ヒビが走る。
ルナの影がアルフォンスの足元を縛り、エリザの台風が彼を吹き飛ばそうとする。
校長の白髪が風に乱れ、顔に焦りの色が浮かぶ。
「まだ…終わらん!」
彼は新たな鏡を召喚し、サンダリオス家の記憶をさらに掘り起こす。
パイオニアが息子を誇らしげに見つめた日、
ルナが弟の小さな魔法を笑顔で褒めた瞬間。
それらが映し出されるたび、三人の動きが一瞬鈍る。
パイオニアの炎が鏡を焼き、
巨大な火球が校舎の西棟を直撃。
爆音とともに屋根が吹き飛び、瓦礫がグラウンドに降り注ぐ。エリザの台風が渦を巻き、校舎の中央棟を切り裂く。
風の刃が柱を断ち、壁が崩れ落ちる。
ルナの影が地面から無数の手となって伸び、
アルフォンスを捕らえようとする。
鏡は次々とヒビが入り、アルフォンスの魔法が限界に近づく。
「くそっ…このままでは…!」
彼の声が戦場の喧騒に呑まれる。
フロウナは新たな幻獣――巨大な熊――を召喚し、ルナの影に立ち向かう。
熊の咆哮がグラウンドを震わせ、影の手を押し返す。
だが、パイオニアの炎が熊を包み、フロウナが膝をつく。
「生徒たちを…守らなきゃ…!」
彼女の声は、痛みに耐える力強さに満ちていた。
だが、校舎の崩壊は止まらない。
東棟は炎に飲み込まれ、西棟は台風に削られ、中央棟は影に侵食される。
このままでは、セレスティア魔法学園は完全になくなる。
その時、グラウンドの端から、震える声が響いた。
レクトだった。
トイレに閉じこもっていた彼は、爆音と悲鳴を聞きつけ、恐怖を押してグラウンドに戻ってきた。
バナナの魔法の杖を握る手が震え、顔は涙で濡れている。
ゼンの死、家族の否定、サンダリオス家の重圧――すべてが彼の心を締め付ける。
だが、目の前の光景――燃える校舎、倒れた仲間、戦うフロウナとアルフォンス――が彼に決意を迫った。
「レクト!?」
フロウナが叫ぶ。彼女の幻獣熊が炎に焼かれ、消滅する。
パイオニアがレクトを睨む。
「お前…まだ諦めていないのか?」
炎がさらに勢いを増し、グラウンドを焦がす。
エリザの目が揺れ、ルナが冷たく笑う。
「無意味よ、レクト。あんたの存在が、この学園を壊すの。」
「違う…! 俺のせいじゃない! 俺はただ……、この魔法を持っただけの普通の生徒で……!」
レクトの叫びが、戦場の喧騒を切り裂く。
彼の胸に、家族への願いと恐怖、仲間への想い、ゼンの死への罪悪感が渦巻く。
俺は魔法がダメじゃないんだって……証明しなきゃ……!!!
彼はバナナの魔法の杖を高く掲げ、
フルーツ魔法を発動した。
空間が揺れ、魔法の粒子が集まり、巨大なレモンが現れる。
一軒家ほど、いやそんなものじゃない大きさの、輝く黄色のレモン。その表面はキラキラと輝き、
「うらああああああああー!!!!!!」
レクトは全身の力を振り絞り、
レモンを投げつけた。
レモンは弧を描き、サンダリオス家とアルフォンスの間に落下。
地面に叩きつけられた瞬間、爆発的な果汁が四方に飛び散る。レモンの酸っぱい香りが戦場を包み、
「ぐっ…!?」
パイオニアが顔を覆い、エリザがよろめく。
ルナの影が一瞬揺らぎ、アルフォンスも目を押さえる。
炎が収まり、台風が弱まり、影が薄れる。戦いは一瞬で静寂に包まれた。
レモンの果汁は、まるで魔法の霧のようにグラウンドを覆い、戦場の熱気を冷ました。
「この…!」
パイオニアが怒りを爆発させ、炎を再び放とうとする。
だが、エリザが手を上げる。
「…もう、いい。」
彼女の声は小さく、だが確固とした響きがあった。
「レクト…あなた、こんな魔法を…」
彼女の目は、Episode.7の戦いで見たレクトのフルーツ魔法の可能性を思い出すように揺れていた。
パイオニアがエリザを睨むが、彼女は動じない。ルナが冷たく吐き捨てる。
「無意味よ。行くわ。」
サンダリオス家は踵を返し、グラウンドを後にした。
炎の残り火が消え、台風の風が止み、影が消える。
観客席は静まり返り、生徒たちは息を呑んで見守っていた。
アルフォンスが、目をこすりながらレクトに近づく。
「レクト…君が…我に返らせてくれた。」
彼の声は、
戦いの熱に我を忘れていた自分を恥じるように震えていた。
「君の魔法が、この学園を救った。ありがとう。」
「いえ……、先生がこれまで魔法を教えてくれていたからです……、、、」
レクトは
小さく首を振った。
体育祭は終わり、
教員たちの魔法でなんとか校舎は元に戻った。
原型はギリギリとどめていたかららしい
東棟、西棟、中央棟が輝きを取り戻し、グラウンドには再び旗が立つ。
初夏の陽射しが、まるで何もなかったかのように学園を照らす。
ヴェル、カイザ、ビータも目を覚まし、レクトに駆け寄る。
「レクト! すげえよ、あのレモン!」
カイザが笑い、電気魔法のスパークをチラつかせる。
「え……カイザ達……起きてたのか!?」
「そりゃあんなに騒がしかったら起きはするわ!」
「俺たちにも果汁がかからなくて良かった。」
ビータが感心する。
「レクト…よかった…!」
「ぬわ!」
ヴェルが涙目で抱きつく。
フロウナが微笑みながら近づく。
「レクト、君の魔法は…本当にすごいよ。」
彼女の声は、優しさで満ちていた。
「……、ありがとうございます!」
だが、レクトの心は晴れなかった。
平穏が戻った学園で、彼は一人、グラウンドの端に座り込んだ。
バナナの魔法の杖を握り、地面を見つめる。
俺の魔法が…学園を救った? でも…ゼンのことは…俺のせいで…
学園を救ったとはいえ、
人を殺している魔法ということはもう拭いようのない事実。
夕陽がグラウンドを赤く染める中、
レクトの心は新たな悩みに沈んでいた。
ヴェルの笑顔、カイザとビータの声、フロウナの励まし、アルフォンスの感謝。
それらは彼を温めるが、胸の奥の冷たい影を消すことはできなかった。
次話 8月2日更新!