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「学生さん?」
取引先の男性にそう声を掛けられて、商談資料を机の上へ並べていた私は一瞬だけ固まった。
「え?」
顔を上げると、先ほど会議室へご案内した男性がニコニコとこちらを眺めている。
「いやー、職場体験の高校生かなと思って」
悪気はないのだろう。
男性は庇護対象を見るような生温かい目をしていた。
私は資料を並べ終えながら小さく苦笑する。
(まただ……)
心の中でだけため息を吐く。
こういうことは珍しくない。
むしろ日常茶飯事だ。
私は首から下げた社員証へ軽く手を添えた。
「申し遅れました。営業事務をしております、牧野と申します」
そう言って会釈する。
「こう見えて、実は入社四年目なんです」
すると男性は目を丸くした。
「えっ!? 四年目!?」
「はい」
「そ、それは大変失礼致しました……!」
男性は慌てて立ち上がった。
「本当に申し訳ない。あまりにもお若く見えたものだから」
「いえ、お気になさらないでください」
私は営業用スマイルを浮かべる。
「ほら私、この見た目でしょう? しょっちゅう学生と間違われるんです」
そう言うと男性も少し安心したように笑った。
その時だった。
会議室の扉が開く。
「お待たせ致しました」
担当営業の男性社員が入室してくる。
私はすぐに一歩下がった。
「牧野さん、ありがとう。コーヒーもお願いできる?」
小声で礼を言われて、そんなお願いを付け足される。
「かしこまりました」
私は彼に了承の意を伝えると、二人へ向かって頭を下げた。
「それでは失礼致します」
静かに会議室を後にする。
扉が閉まった瞬間、私は小さく息を吐いた。
(また、学生と間違われちゃった……)
そのまま何も気にしていない風を装って、少しでも背が高く見えるよう背筋をピンと伸ばして廊下を歩く。
そうして給湯室に入ってすぐ……小さく吐息を落とした。
(……もぉ、ホント、失礼しちゃう! 気にしないわけないじゃない!)
心の中でだけ、盛大に毒づく。
二十六歳、社会人四年目。
それなのに未だに学生と間違われる。
しかも高校生ならまだいい。下手をすると中学生。ひどい時は小学生に見られてしまう。
先月も、ショッピングモールで子ども料金を案内された。
もちろん店員さんは平謝りだったけれど、私の心にはしっかり傷が残っている。
小さくて可愛いね。
実年齢よりかなり若く見えるよ。
そんな言葉を喜べる女性もいるのかもしれない。
でも私は違う。
本当に欲しいのは、「頼りになるね」や、「仕事ができるね」といった、〝一人前の大人扱い〟をしてもらえる言葉だ。
なのに、現実はいつも心裏腹。
それもこれも――。
私は給湯室の食器棚のガラス戸へ映った自分の容姿を見つめて盛大に吐息を落とした。
身長一四五センチのミニマムサイズ。
これでギャップ萌えのメリハリボディならまだしも……。ツルンとした胸元を見て、私はしょぼんと肩を落とす。
――ちっぱいの幼児体型なチビなんて、子供に見られて当然だ。
私はフルフルと首を振ると気持ちを切り替えて、コーヒー出しの準備を始めた。
***
「牧野さん」
不意に名前を呼ばれて顔を上げる。
「はい」
そこに立っていたのは営業部の高瀬匠さんだった。
営業成績優秀。
身長は百八十センチ以上。
無口でちょっぴり近寄りがたい。
社内ではそんなイメージの人。
でも――。
「この資料、コピー頼めるか?」
「はい」
差し出された書類を受け取ろうとして、私はつい視線を落として固まった。
(あーん、いいっ!)
高瀬さんの大きな手。
指が長くて、少しだけ節が目立つ。程よく浮いた血管が男らしい。
(あ、今日も……)
親指の付け根に、先日まではなかった新しい小さな傷跡を発見した。
営業職なのに、どことなく職人みたいな手の人だと思う。
(好き……)
思わず見惚れる。
私は昔から男性の手に弱かった。
大きくて、節くれ立った手。
いかにも働く男性の手といった風情で、少し傷があったりすると(何をしていて付いたのかな?)とか妄想が膨らんでしまう。
血管が浮いていたりしたらもう、最高!
そういうものを見ると、ときめいてしまう。
もちろん、誰にも言ったことはない。
二十六歳にもなって、男性の手に性的興奮を覚える手フェチです、だなんて……処女を拗らせたみたいで恥ずかし過ぎる。
「牧野さん?」
「はっ、はい!」
慌てて顔を上げる。
高瀬さんは少しだけ首を傾げた。
「どうした?」
「い、いえ! なんでもありません!」
「そうか」
それ以上は何も言わない。
高瀬さんはそのまま自席へ戻っていった。
私は胸元を押さえる。
(危なかった……)
また見てしまった。
最近、本当に良くない。
高瀬さんを見るたび、手ばかり見てしまう。
会議中も。
パソコンを打っている時も。
資料をめくる時も。
ペンを持つ時も。
気が付けば、目で追ってしまっている。
完全に不審者だ。
そんな自覚はある。
あるのにやめられない。
だって堪らなく〝好みの手〟なんだから仕方がない。
その日の午後。
コピー用紙の補充を頼まれた私は、台車を押して倉庫へ向かった。
棚の下に置かれた箱へ手を掛ける。
中には、一〇〇枚束のコピー用紙が五セット。
「よいしょ……」
重い。
かなり重い。
持てないわけじゃない。
でも、楽ではない。
なんとか抱え上げたところで、箱ごとぐらりと傾いた。
「わっ――」
落としそうになった瞬間、横から大きな手が伸びてきた。
箱を支える。
そして、
「台車に載せればいい?」
ひょい、っと。
本当にひょい、っとだった。
私が苦労していた箱を、高瀬さんは軽々と持ち上げてしまう。
思わず見上げる。
いや。
正確には、見ていたのは顔じゃない。
手だ。
(好き……)
大きくて節くれだった手。
指が長くて、程よく筋と血管が浮いている。
今日も小さな、新しい傷が増えていた。
最高だった。
「牧野さん?」
「はいっ!」
反射的に返事をする。
「印刷室まで運ぶんだろ? A4サイズだけでいい?」
「あ、えっと……B5も」
「分かった」
高瀬さんはB5用紙が入った箱も台車へ、いとも簡単に載せてくれた。
「行くぞ」
「ありがとうございます」
結局台車を押してくれているのも高瀬さんで、私はただただ彼の横を並んで歩くだけ。
でも、全然落ち着かない。
だって目の前に高瀬さんの手がある。
カートの持ち手に掛けられた、高瀬さんの手。
見たい!
ちらちらと視線を投げかけつつも、食い入るように見るのだけは何とか堪えた。だってそんなの、怪しすぎるもの。
でも……やっぱり見たい。
そんな葛藤を繰り返しているうちに目的地へ着いてしまった。
「ありがとうございました」
「ああ」
高瀬さんはそれだけ言って去っていく。
その背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。
(だめだ……)
顔が熱い。
恋とかじゃない。
たぶん……。きっと……。
でも、高瀬さんの手を見ると胸が落ち着かなくなる。
そんな私の気持ちなんて知らずに、高瀬さんはいつも通り仕事へ戻っていく。
私はそっと自分の頬を押さえた。
(本当に、彼の手、好きだなぁ……)
コメント
1件
わあ、第1話からもう引き込まれました……! 牧野さんの「学生と間違われるあるある」に共感しつつ、内心の毒づきが可愛くて思わず笑っちゃいました。でも一番グッときたのは、高瀬さんの手にときめくシーン。コピー用紙の箱を軽々と持ち上げる手の描写、すごく好きです。節くれ立ってて傷があって、働く男の人の手って感じがたまらない……! 手フェチ設定、すごく新鮮で面白いです。続きが気になります!
鷹槻れん@コノカレコミカライズ

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