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「ねっ、ねえねえ、お、お姉さん、時間ある?」
あまりにも古典的なナンパに、麗は自分が言われたのかわからず、周囲を見渡した。
「おおおお姉さんだよ、お姉さん」
「あ、え……あ」
久々に訪れた梅田駅は人が雑多で、誰もが足早に進んでいくので、ナンパなどされるとは思っておらず、麗は道に迷っていたのも相まって困惑した。
頑張って購入したであろうチャラい服に着られている男性だ。
はじめてのおつかいならぬ、はじめてのナンパっぽい。目がいかにもヤバそうな人だ。
麗は駄目だ、と思った。
この手の人間に、麗はよく絡まれる。せっかくイメチェンしたのに生来の地味さを隠せていないのだろう。
こういう人間はいきなりトップギアで罵ってきたりするので、なるべく刺激しないようにせねば。
「あの……予定がありますので……すみません」
小さく頭を下げて通り過ぎようとすると、並走してきた。
「お茶する時間くらい、あるでしょ?」
(ああ、最悪)
「ほんとうに急いでいて……無理です、すみません」
「はぁ? 調子のんな、ブスっ!」
「そう言う君は可愛くて自分の言いなりになりそうな大人しい雰囲気の女の子しか選んでないよね」
ぎゅっと肩を引き寄せられ、麗は顔を上げた。
「あっ!」
そこには明彦の弟である義彦がいた。
明彦の弟らしく、人目を引くイケメンで、一般的な男性より少し長い茶色に染めた髪には緩やかにパーマをかけている。
派手なスリーピースのスーツ姿はチャラい見た目ではあるが、それがまたよく似合っているのだ。
「な、なんだよ。お前には関係ないだろっ! お前、ホストか? あれだろ、俺を踏み台にしてこの女を風俗に落とすつもりだろっ!」
あまりの論理の飛躍に麗は目元がくらくらしてきた。
勿論、義彦はホストではない。
だが、彼に告白する順番を賭けてキャットファイトが起きたという伝説もある人物だ、確かにホストになればミナミのトップは狙えそうである。
麗より二つ年上の義彦は、明彦と同じ大学の出身だ。
短大時代、麗が明彦の世話になって入ったインカレサークルに義彦も入っており顔を合わせる機会が多々あった。
あのころは、まさか義弟になるとは思いもしなかったわけではあるが。
「いきなりナンパして拒否られたからって相手を怒鳴りつける奴って最低じゃん? とりあえず君はその性根とファッション叩き直して出直すべきだよ」
「お前にはかんけいないだろぉぉぉ! けけけ警察呼ぶぞ! ぶ、侮辱罪だ、侮辱罪!」
さっき、麗をブスと侮辱したのはお前だろと、心の中で突っ込んでいると、義彦がにっこり笑った。
「どうぞ。君、ここに着けてるバッチが何かわかる?」
義彦がとんとんとフラワーホールにつけている弁護士バッチをトントンと指で叩いた。
「ホストじゃなくてごめんね。あのさ、うちの嫁には君に時間を割いている暇はないの。さっさとどこか行ってくれるかな? それとも警察呼んで話し合う?」
うちの嫁。間違ってはいない、麗は須藤家の嫁である。
「よ、嫁? 既婚者かよ! 紛らわしいっ」
それだけ言うと男が駆け出した。ものすごい速さで。