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朝の光が、いつもより低く街を照らしていた。
空気は重く、呼吸するだけで胸の奥が押し潰されそうになる。
足元のアスファルトは硬いままなのに、歩くたび微かに沈むような感覚があった。
街全体が、昨日より確実に下に動いている。
交差点を曲がった瞬間、異変が起きた。
目の前の道路の一部が、突然、ドロドロと液体のように崩れ始める。
人々が叫び、手を伸ばす。
でも触れようとすると、地面は形を変え、腕を弾き返す。
「な、何だ……!」
息を飲み、足を止めた。
自分の足元も、わずかに浮くような感覚がある。
前を歩いていた人が沈みかけて止まった。
中途半端に浮かんだまま、体は微動だにしない。
その姿に、血の気が引いた。
スマホが震え、画面に通知が光った。
『観測中。沈まない個体に接触あり』
さらに下に文字が追記される。
『次は貴方。』
「え……」
言葉にならない声が胸から漏れた。
目の前で、人々が一斉に少し沈む。
そして、地面の一部が隆起し、浮かび上がった人もいる。
街全体が、まるで意思を持った生き物のように動いていた。
恐怖で体が硬直する。
でも立ち止まっている場合じゃない。
必死に歩を進める。
揺れる地面、変化する街、空気の歪み――
全てが僕を試しているように感じられた。
通りを進むと、建物の一角が沈み、窓から影が漏れる。
人の声はない。
ただ、空気の振動だけが、沈む人々の恐怖を反響させていた。
沈む者と沈まない者の差が、日に日に鮮明になっていく。
僕は、自分がどちらなのか、少しずつ確かめようとする。
そして目の前で、異常は最高潮に達した。
道路が割れ、下から黒い影のようなものが浮かび上がる。
人々は叫び、足元を失う。
でも僕だけは――止まった。
沈まない。
心臓が跳ね、全身に力が入る。
背後で低く、地面が軋む音がした。
振り向くと――街全体が、確かに僕を見ているように感じた。
そしてスマホがもう一度光る。
『選別、次の対象を決定中――』
僕は息をのんだ。
次に沈むのは
僕か、
それとも――。
答えは、まだ誰にも与えられていない。