「みんなのお気に入り、だからかな」
「え?」
「私やお姉ちゃん、総長やブリギッテさんを含めた仲間達、そして領主様。みんなが二人のことが気になってる。そして、二人には幸せになって欲しいとみんな思ってる。だから、色々としてあげたくなるんだよ」
「……」
「いやー、こうして口にすると、凄い面子ばかりだね。うちの面子はギリギリ納得できるけど、普通は領主様から気に入られたりプレゼントなんてされないよ。君達は特別だ! よ、未来の領主様!」
「……」
なんで最後に余計なこと言うかな?
癖なの? 途中までの感動を返して欲しい。
わたしとサーシャに幸せになってほしいってところはすごく感動したよ。
あの女神さまにそう思われるっていうのは、すごく特別なことだと思うから。
「さてと、これで主な目的は済んだから、後はのんびりいこうかな」
「これをくれるだけじゃないんですか?」
「あはは、それだけの為にこんな時間にここまではこないよ」
「あ、それもそうですよね」
よく考えたら今は朝の6時前。普通の人だったら家にいる時間だ。
露店の人達はチラホラ見かけるけど、それ以外の人達は見かけない。
普段はからかってくるだけのちゃらい人だけど、真面目モードのユリ姉さんは頼りになる大人だ。こんな時間にいるってことは、それだけやることがいっぱいあるってことだと思う。
「とりあえず、私はアリアちゃんのお母さんにちょっとお話があるから、二人はもう部屋に戻っててもいいよ。修行ノルマだっけ? まだあるんでしょ?」
「……そうですね、まだ、あります……」
残りのノルマを忘れてた。
腕立て腹筋スクワット、それぞれ25回。
……お姉ちゃんめ……。
爆発パンチとユリ姉さんの登場で怒りが全然発散できなかった。そのせいですごくモヤモヤする……。
「アリア、部屋に戻ってノルマの続きしよう。学校に間に合わなくなるよ」
「うん……」
休みたくなってきた。仮病使って休めないかな?
やることや突発イベント多すぎて全部が面倒になってきた。
……全部お姉ちゃんが悪い。
ノルマがなかったらまだ寝ていられてたし、千切りも見ることはなかった。
ムカムカが止まらない。どうしよう……。
「ほら、まずは腕立てから。30回はちょっと無理だから、25回が目標だよ」
「うん……」
腕立て中もお姉ちゃんの悪魔の笑顔がちらつく。
あのバカにした目で「ほらほら、そんなこともできないの(笑)」って挑発してくる。
「ふん! ふん! ふん! これでっ、25回!」
やってやった。お姉ちゃんが悔しがってる。
「ふー、ふー、ふー……。わたしの、勝ち。妹の底力を、甘く、見ないことだね……」
わたしは床にうつぶせのまま勝利宣言をした。
腕がプルプルして立ち上がる元気も気力もない。でも、心の中は達成感でいっぱいだ。お姉ちゃんの悔し顔を見れただけで大満足なのだ。
「ふー、ふー、ふー……」
「……お疲れ様。マッサージしてあげるね」
……あ、気持ちいい。
「あーーーーーー……」
プルプルしてた腕や肩、お腹周り、ふともも、ふくらはぎ……。上から下までじっくり揉んでくれた。体力が回復したので、仰向けになってサーシャにお礼を言う。
「ありがとう、サーシャ。すごく楽になったよ」
「うん」
サーシャも横になり、半分おおいかぶさる様にぎゅっと抱いてくれる。精神的にも癒してくれるらしい。ホントにサーシャ優しい。
「アリア、無理しちゃダメだよ。お姉さんを見返すとか考えちゃダメ。今やってる修行ノルマは将来の為。私達がずっと一緒にいる為の、幸せになる為のノルマ。自分の為、私の為に頑張ろう。ゆっくりでいいから、ね?」
「……」
それだけ言うと、全身を使って特別なスリスリをしてくれる。
「この身体はアリアだけのものじゃない、私のものでもあるんだよ。無理しないでね、私達の将来の為に」
「うん……」
すごく癒やされた。心も身体も。
お姉ちゃんの顔とか全く浮かばない。頭に浮かぶのも目に映るのもサーシャの顔だけ。綺麗、可愛い、大好き、愛してる……そんな感情しかない。
わたしだけの、世界で一番優しいお嫁さん。修行ノルマはこのお嫁さんとずっと一緒にいる為のもの。
……うん、頑張る。無理しないで頑張る。サーシャの為に。
「愛してるよ、サーシャ」
「私も愛してるよ、アリア」
強めにぎゅっとして特別なスリスリをした。
ちょっと汗の匂いとかするけど、それも頑張った証だと思えば大丈夫。
……あぁ、癒される……。
ずっとこのままでいたいけど、まだ腹筋とスクワットが残ってるんだよね。頑張ろう。
「サーシャ、そろそろ―――」
「二人とも、部屋ではいつもそんな感じなの?」
「え?」
ぎゅっとされたまま、声のした方、入口のほうを見るとユリ姉さんがいた。
……まだいたんだ。てっきり帰ったと思ってた。
そういえば、お母さんと話してくるとか言ってたっけ? 終わったのかな?
「ちょっと修行ノルマの様子を見ようと思っただけなのに、すごいものを見せられちゃったよ。もう一度聞くけど、いつもそんな感じ?」
「そうですけど……」
結婚してからは何度も愛しあった。学校でも家でも。
サーシャの提案で家以外ではスリスリしないことにしたけど、その分は家でいっぱい愛しあうつもりだ。
「アリアちゃんは無垢過ぎるからサっちゃんに忠告するけど、両思いで事実婚状態であっても二人はまだ子供。イチャイチャも度が過ぎると犯罪になるよ。分かってるよね?」
「……はい」
「アリアちゃんが無垢で無防備で無意識に攻めてきても、成人するまではそのラインを超えちゃ駄目だよ。私は二人の結婚式で仲人になる予定なんだから、式の前に更生領地送りとかにはならないでね」
「はい、分かってます……」
「ん、分かってるならいいよ。アリアちゃんの無自覚アタックはかなり強烈みたいだから本当に気を付けてね。サっちゃんも、アリアちゃんが絡むとタガが外れるみたいだから要注意だよ」
「はい、気を付けます……」
……話が難しすぎる。わたしがどうとか言われてる気がするけど、そこはどうでもいい。それよりも聞き捨てならない言葉があったから。それは絶対に質問しておかなきゃダメな気がする。
「犯罪ってなんですか? イチャイチャ……愛しあうと犯罪になるんですか?」
「度が過ぎるとね。まあ、さっきのイチャイチャがほぼ限界ラインだよ。その辺はサっちゃんがよくわかってると思うし、アリアちゃんはサっちゃんの言う事を守ってれば大丈夫だよ」
「そうですか……」
イチャイチャの限界ライン……うん、意味不明。考えても無駄だ。
とりあえず、サーシャの言う事を聞いていれば大丈夫っていうことなら、サーシャの言うことはしっかり守ろう。犯罪者になって、また指懲室がどうこうするのは絶対にヤダ。二度とあんな思いはしたくない。
「サっちゃんはアリアちゃんをしっかり教育してあげてね。無垢で素直なアリアちゃんは可愛くてからかいがいがあるけど、このままじゃ周囲から痴女って言われるよ。生涯の伴侶がそんなことを言われたら嫌でしょ?」
「……ゆっくり教えます。でも、素直さだけは変えさせません。誰にも、です」
……なんか、からかいがいあるとか失礼なことを言われた……。
わたしはユリ姉さんの玩具じゃない……と思う。バカだから扱いやすいと思われてるかもしれないけど、いつまでも思い通りにからかわれるのはイヤだ。サーシャも色々と言われてちょっと怒ってるようだし、ここはサーシャの味方をして、わたしは大人で手ごわい相手だと思ってもらおう。
「サーシャ、いっぱい教えてね。わたしを正しく導けるのはサーシャだけだよ!」
「うん。任せて」
「昨日言ってた大人の夫婦がする「もっと恥ずかしいこと」を教えて!」
「ちょっ、アリア!?」
「わたしは賢い大人になりたいんだよ! 恥ずかしくても頑張るから、教えて!」
「待って! 今はまずいから!」
「さあ、来て!」
わたしは立ち上がって両腕を広げ、サーシャを受け止める準備をする。
流石のユリ姉さんも、大人のことが出来るわたしの事はバカに出来ないと思う。きっと「アリアちゃんも大人になったか。もうからかえないね」と思うはず。なにをされるかわからなくて恥ずかしいけど、我慢して教えてもらおう。
「いつでもいいよ!」
「……」
……ん? あれ?
こっちは準備万端なのに、サーシャはうつ向いて両手で顔を隠してる。なんで?
「あはははは、そこまでいっちゃってたか。今の言い方だと、行為の寸前までいったかそのものは考えたけど、サっちゃんは「まだ早い」みたいな言い方をしたのかな?」
「あの、その……はい……」
「そっか、そっか、そのせいであんなに激しいイチャイチャを繰り返してるわけだ。アリアちゃんの無自覚アタックは生殺しだもんね。少しでも解消したいと思う訳だ、うんうん、わかるよー」
「……」
「まあ、理性が勝ってるようで安心したよ。アリアちゃん、サっちゃんが困るから、人前でのイチャイチャは控えて、それに関係することは言わない方がいいよ。こんなに困らせたくないでしょ?」
「サーシャが、困る……」
サーシャはうつ向いて両手で顔を隠したままだ。ちょっと震えてるし、なにかを必死に我慢してるように見える。
……うん、相当困ってるね。
わたしはサーシャに迷惑をかけたくない。ただでさえ普段から迷惑をかけてるんだから、これ以上はかけたくない。ユリ姉さんのからかいとサーシャへの迷惑、どっちを優先するかって考えたら、間違いなくサーシャへの迷惑だ。
こんなサーシャは見たことがないし、見たいとも思わない。
「サーシャ、ごめん。もう言わないよ」
「アリア……」
サーシャが手の隙間から顔をのぞかせて返事をしてくれる。
……顔が真っ赤。また、迷惑をかけちゃったんだね。ごめんなさい……。
「わたし、我慢してユリ姉さんにからかわれ続けるよ。大人になったらちゃんと教えてね。見返したいから」
「う、うん……」
思い返すと、サーシャは「ゆっくり大人になろうね」って言ってた。
きっとわたしにはまだまだ早いことなんだ。サーシャもホントはすぐにでも夢を叶えたいはず。でも、わたしが成長するまで待ってくれてるんだ。それなのに、急に教えてと言ったせいでこんなに困ってる。
サーシャはちゃんとわたしの教育プランを考えてくれてるはず。それに従おう。
「ホントにごめんね。ノルマの続きしよう」
「うん、そうだね……」
わたしの謝罪が通じて落ち着いてくれたのか、ゆっくりと顔を上げてくれる。まだ少し赤いけど、雰囲気はいつも通りのサーシャだ。
「最後まで見てていいかな? どんなことを実際にしてるか気になるし」
「……からかわないならいいですよ。あとは腹筋とスクワットだけですけど」
「からかわないよ。そっちに座らせてもらうねー」
そう言ったユリ姉さんは勉強机の椅子に座り、背もたれを抱く様にしてこっちを向いた。
……その状態なら邪魔してこれないかな……。
ノルマをやってるのは部屋の真ん中、丸テーブルを隅っこにどけてやっている。
ちょっと離れてるので手は届かない。くすぐろうとしても大丈夫なはず。
わたしはユリ姉さんを警戒しながら腹筋ノルマを再開する。
「23……24……、……、25っ!」
「お疲れ様。揉んであげるね」
「はぁー、はぁー、はぁー、おねがーい……」
サーシャに全身マッサージをしてもらって回復した後はスクワットに入る。
「23……、……、24……、……、にっ、じゅうーーーごっ!!!」
「お疲れ様。揉んであげるね」
「ひぃー、ひぃー、ひぃー、おね、が、いー……」
さっきと同じように優しく全身マッサージをしてくれる。
「あーうーーー……。気持ちいいよーーー……」
「うん。じゃあ私は、お風呂の着替えを取ってくるね」
マッサージを終えたサーシャは、お風呂の着替えを取ってくると言って部屋を出て行こうとする。
……あれ? 全身拭いてくれて、ベッドで愛のマッサージじゃないの?
「ねえ、サーシャ―――」
「ゴメンね。今はユリ姉さんがいるからまた今度、ね」
「う、うん……」
……そっか、今はユリ姉さんが見てる。裸になるんだし、ちょっと恥ずかしい。
あれって愛しあうのとマッサージが合わさったようなものだし、人前ではしないほうがいいのかもしれない。
わたしがそんなことを考えてる間に、サーシャはいそいそと出て行った。
「お疲れ様ー。限界までよく頑張ったよ」
「ありがとうございます」
「最後のなに? いつもは終わったら何かやってるの?」
ユリ姉さんがニヤニヤしながら質問してくる。
……これはからかいモードだね。
からかわれないように、真面目に、正直に、真実だけ言おう。
「裸で全身拭いてもらって、ベッドの上でマッサージしてもらうだけです」
「へー、そんなことしてるんだ。ベッドでのマッサージはどんな感じなの?」
「またがってもらって揉んでもらうだけです。仰向けとうつ伏せ、両方とも優しく丁寧に全身を揉んでくれます」
「裸で?」
「わたしは裸です。押す場所がわかりやすいらしいですよ。普通よりすごく気持ちいいですし、そのままぎゅっとしてくれるんで癒されるんです」
「うんうん、そっかそっか、気持ちよさそうだねー」
「はい、気持ちいいです」
「そっかー。うん、ちょっとサっちゃんとお話してくるね」
「へ?」
一通りの流れを聞いたユリ姉さんが部屋を出て向かいの部屋に入っていった。
……あれ? てっきりからかわれると思ってたのに……なにも無し?
イチャイチャしすぎとか、わたしも見たかったとか……なにも無し?
すごく拍子抜けした。ユリ姉さんらしくない引き際だと思う。サーシャとどんな話をしに行ったんだろう? マッサージのコツとか?
「……とりあえず、わたしもお風呂の準備しようかな」
いつもはノルマ後に拭いてもらってお風呂に入ってたけど、やっぱり拭いてもらうのはサーシャの手間になってて迷惑なのかもしれない。
サーシャがやりたいならやってもらって存分に甘える……ホントにそれでいいのかな? 一回二回ならいいかもしれないけど、今後もずっとやってもらうのは迷惑かもしれない。
「……ま、いいか。とりあえず、サーシャとお風呂に入ってさっぱりしよう」
わたしは着替えを持ってサーシャの部屋に向かう。
ユリ姉さんもサーシャも帰ってこないってことは、まだ部屋でお話ししてるんだと思う。
……いつも忘れるけど、あの二人は似た者同士の仲良しなんだよね……。
支部でものすごく意気投合してたの思い出す。サーシャはわたしの個人情報を垂れ流すぐらいにはユリ姉さんを信頼してる。今もわたしの新情報を話してるのかもしれない。
……結婚してから色々あったからね。
結婚してからまだ数日だけど、わたしの失敗談は色々と増えてると思う。きっと、そういった新情報を話してるに違いない。真面目モードのユリ姉さんは頼りになるし、わたし達の結婚を応援してくれてるんだから、色々としっておいてもらった方がいい。
……でも、今はお風呂に入りたいんだよね。
拭いてくれなかったし、ユリ姉さんの乱入で時間が結構すぎちゃってる。遅刻したらお母さんのお説教が待ってるので出来れば回避したい。
「サーシャー、お風呂行こー」
「……うん、行こうか、ただ……」
「私も一緒に入らせてもらうねー」
「へ?」
なぜかユリ姉さんも一緒に入るとか言い出した。
相変わらず唐突過ぎる。サーシャもなんだかへこんでるし、ホントに意味不明で訳が分からない。
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