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日曜の朝、空はどこまでも青かった。
祐杏は自分の心が、どこか不安定なのを感じていた。
今日は水族館に行く。
たったそれだけなのに、体温が上がったり、胸がざわついたりする。
「なに、緊張してんだよ俺…」
鏡の前で髪を整えながら、ぼそっと呟く。
でも、それくらい笑都と会うのが楽しみだった。
――まるで、普通の高校生みたいだ。
そんなことを思って、少しだけ笑った。
***
「お待たせ」
駅前で、笑都はふわりとした白いワンピース姿で現れた。
制服とは全然ちがう雰囲気で、祐杏は一瞬、目を奪われた。
「……似合ってんじゃん」
思わず出た言葉に、笑都は小さく笑った。
「ありがと。祐杏裙も、いつもより…大人っぽい」
「うるせぇ」
照れ隠しで顔を背ける。
自分の耳が赤くなってるのを自覚して、ますますむずがゆくなった。
「じゃ、行こっか」
「うん」
それだけで、心が軽くなる。
誰かと一緒に歩く時間が、こんなに静かで温かいなんて思わなかった。
***
水族館の中は、青い光で満ちていた。
クラゲの水槽の前、二人は黙って並んで立っていた。
「…綺麗だね」
ぽつりと笑都が言った。
その声が、水の中に溶けていくようだった。
「お前も、クラゲっぽいな」
「え?」
「なんか、透明で、触ったら壊れそうな感じ」
笑都は驚いた顔で祐杏を見た。
でも、すぐにふっと笑う。
「それって…褒めてる?」
「どうだろな」
「でも…悪くない」
その一言が、なぜかやけに嬉しかった。
祐杏は、そっと笑都の方を見る。
その横顔は、水槽の青に照らされて、ほんの少し寂しげだった。
***
そのあとも、二人はイルカショーを見たり、
ペンギンの前で立ち止まったり、
特別なことは何もない。
でも、祐杏にとっては全部が宝物だった。
「なあ、楽しかった?」
帰り道、電車を待ちながら祐杏が聞いた。
「うん、すごく。…久しぶり、かも」
「なにが?」
「誰かと、ちゃんと笑って過ごすの」
その言葉に、祐杏は返す言葉が見つからなかった。
笑都はきっと、過去になにか抱えてる。
でも、今はそれを聞くよりも――
「また行くか」
「…いいの?」
「俺が誘ってんだろ」
笑都は、小さくうなずいた。
「じゃあ、次は…遊園地」
「お前、意外と子どもっぽいの好きだな」
「だめ?」
「悪くねぇよ」
その会話の後、電車が来て、二人は並んで座った。
途中、笑都が祐杏の袖を、ちょこんと掴んだ。
なにも言わずに、ただ静かに。
祐杏は、そっとその手を握り返した。
心臓がうるさく鳴っていた。
でも、不思議と落ち着いた。
彼女の手が、ちゃんとあたたかかったから。
「まだ、言えないことあるけどさ」
「うん」
「…今は、これでいい?」
「いいよ」
嘘と秘密のなかで、初めて交わされた“本当の約束”。
それは、ただの「デート」の記憶以上に、深く残っていった。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝♡15