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芙月みひろ
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#虐げられヒロイン
「おかえりなさい!」
再び一緒に住み始めてから、1ヶ月が経ち麻耶と芳也は幸せな時間を過ごしていた。
平日はどうしても麻耶も芳也も帰りが不規則の為、平日の麻耶の休日に芳也が休みを取れた日や、土日の麻耶が早く帰れる日など、一緒にいられる時間を大切にしていた。
「ただいま」
そう言って日課のようになったキスを麻耶に落とすと、芳也は麻耶を抱きしめた。
「今日はいつもより早かったですね」
嬉しそうに麻耶は言うと、キッチンへと向かった。
「少し仕事が落ち着いてるから明日休み取れたよ」
「本当?」
その言葉に麻耶は笑顔を向けて、食事の準備の手を止めると、芳也の背中にしがみついた。
「ああ、先週の土日も仕事だったし、たまには休みたいよ」
笑いながら麻耶の手を握ると、芳也は麻耶の手にキスを落とした。
「じゃあ、今日はゆっくり飲めますね。真野さんの作ってくれたてるおつまみも出しますね」
麻耶は嬉しそうに言うと、またキッチンへと向かった。
ダイニングテーブルに食事を並べて、ワインを出すと二人は食事を始めた。
「そういえばお兄さんって結婚式は?相手の方ってどんなかたですか?」
麻耶は食事の手を止めると、思い出したように芳也に尋ねた。
「お披露目パーティーは会社がらみでホテルでやるけど、友人や親しい人を集めてカジュアルなパーティーはしたいみたい。相手の人は兄貴の秘書だよ」
「そうなんですね……やっぱり、ミヤタ自動車の副社長ともなると大変ですよね」
「まあ、籍を入れて終わりって訳にはいかないだろうな。兄貴は次期社長がほぼ決定だろうし」
「次期社長……。すごい」
「そう言われて育ってきたからな」
少し寂しそうに笑った芳也をジッと麻耶は見た。
「お金持ちのお家って、小さい頃は羨ましかったですけど、実際大変なんですね。秘書の方もお嬢様ですか?」
「いや、兄貴が一目ぼれしたらしい。それもうちの式に来ていたあの日に」
「え?あの日?」
意味ありげに言った芳也に、麻耶も驚いて目を丸くした。
「そう。俺が麻耶に迫られた日」
ニヤリと笑った芳也を、麻耶は軽く睨んだ。
「そう言う言い方をしないでください。もう迫らないですから」
拗ねたように言った麻耶に、芳也は慌ててしまう。
「ウソ!また迫って。麻耶ごめん!」
そんな芳也を見て麻耶はクスクスと笑った。
「でも、あの日にお兄さんは、運命の相手に出会えたなんてなんかすごい偶然」
感慨深く言った麻耶に、芳也も頷いた。
「兄貴が幸せになってくれて本当によかったよ」
ホッとした表情を見せた芳也に麻耶も安堵した。
「それと、式はAOYAMAでやってくれるみたいだから、麻耶担当してくれる?」
「いいんですか?私で」
「ああ。兄貴の希望だから。兄貴は忙しいから彼女に連絡してくれる?後で名刺渡すから」
「わかりました」
麻耶は嬉しくなり、どんな式がいいか頭を巡らせた。
後片付けを終えて、交代で風呂も済ますとソファーで二人はDVDを見ていた。
「麻耶、明日はどこか行こうか?」
芳也の肩に預けられた麻耶の頭を撫でながら、芳也は麻耶に尋ねた。
「本当に?」
その言葉に、麻耶は頭を上げると芳也を見つめた。
「そんなに遠くは無理だけど、一日一緒に休める日ってあまりないだろ?どこに行きたい?」
「どこがいいかな……」
(デートなんてほとんどしてないしな……)
考え込む麻耶をクスクス笑いながら見ると、芳也は「考えといて」そう言うとまた、麻耶の頭を抱き寄せた。
(こうしてるだけで私は幸せなんだけどな……)
そんな事をぼんやりと考えていると、ふっと麻耶の視界が暗くなり唇が塞がれた。
「麻耶、麻耶」
「うーん」
ぼんやりとした意識の中、麻耶はまた夢の中に引きずられそうになった。
「麻耶、そろそろ起きろ」
頬を優しく撫でる感触にそろそろと目を開けると、すでに着替え終わって麻耶を見下ろす芳也が目に入った。
「え?嘘!何時ですか?」
慌てて起き上がった麻耶に、芳也は苦笑すると、
「もうすぐ9時半。昨日無理させたからもう少し寝かせてやりたいけどそろそろ出かけたい」
「すぐ用意します……ん…?」
起き上がった麻耶を覆いかぶさるように、またベッドに戻すと芳也は唇を奪った。
「ちょ……芳也さん?出かける…って」
あちらこちらに落とされるキスに、戸惑いながら尋ねると、
「うん……でもそんな風に誘われたら、応えないのも悪いかな……と」
何も身に着けていない麻耶の全身を這い出した手に、麻耶は焦るようにその手を止めると、
「誘ってない!誘ってないので、ストップ!せっかくだから芳也さんとデートしたいです!」
芳也の手を静止した麻耶に、残念そうに動きを止めると芳也は麻耶の上から降りてクスリと笑った。
「コーヒーを淹れとくから準備して」
芳也はそう言うと寝室から出て行った。
急いで支度をして、麻耶は芳也の助手席に座っていた。
「どこに行きたいか決まった?」
「考える暇が無かったじゃないですか……」
考えている途中でそのまま押し倒された麻耶は、ジロっと芳也を見た。
「お前だって嫌がってなかっただろ?」
ニヤリとした芳也に麻耶は軽く息を吐くと、
「芳也さんとならどこでもいいから、別にいいです」
少し恥ずかしそうに言った麻耶の手を芳也は握ると、
「じゃあ、もうすぐこの車ともお別れだからドライブしよっか」
そう言うと、勢いよくアクセルを踏んだ。
「あっ、もうすぐですか?納車」
「今週末には来るみたい」
「楽しみですね」
ニコニコしながら言った麻耶に、芳也も頷いた。
芳也は実家と和解したこともあり、ドイツ車からミヤタ自動車の車に乗り換えることにしていた。
「フェルチェンヌって私達若い女の子からすると憧れの車ですよ」
「そうなんだ」
フェルチェンヌはミヤタ自動車の高級ブランドで、若者からすればハイクオリティの憧れのブランドだ。
「やっぱりミヤタの車は買いづらくてこの車にしたんですか?」
「そういう訳じゃないよ。ここの車は仕事を始めた時に付き合いがあったから買っただけ。でもやっぱり小さい頃からずっとミヤタの車を見て育ったから、楽しみだよ。また乗るのは」
優しい顔で話す芳也を、麻耶もホッとして見つめた。
「私も楽しみです」
「それに、フェルチェンヌは兄貴が関わって作った車だから」
「健斗さんって専門は技術職なんですか?」
「ああ、そうだよ。兄貴は工学部を出た機械のプロだ。今も全面的にフェルチェンヌを見てるって言ってた。俺には理系のそういう才能は無かったから」
「そうなんですね。芳也さんは専攻は?」
「俺は経営学。ブライダルをやってなかったら、コンサルタント業とかをやってだだろうな……」
そう言いながら、芳也は高速に乗るとさらにアクセルを踏んだ。
「気持ちいですね……」
窓から流れる景色を見ながら、麻耶はFMラジオから流れる歌を呟いていた。
「麻耶は?」
「私ですか、私は特に取り柄もなく英文科です」
「英文科を出てどうしてブライダル?」
芳也は不思議そうに麻耶に問いかけると、チラリと麻耶を見た。
「だって、ブライダル科ってないでしょ?一番得意だったのが英語だったんです。それに何か役に立つかなって。海外挙式とかも興味があったし」
「本当に、ずっとブライダルやりたかったんだ」
芳也は感慨深げに言うと、空を見上げた。
「いい天気だな。でも外は暑そうだ……」
1時間程走ると、キラキラと光る海が目の前に広がり、麻耶は声を上げた。
「きれい……!海。久しぶり!」
「久しぶり?」
「はい。ずっと海まで遠い所に住んでたし、東京に来てからは仕事ばかりだったし。大学の卒業旅行で沖縄に行った以来かもしれないです」
「麻耶の実家って山?」
その言葉に、麻耶はクスクス笑うと、
「山って……東京に比べたら田舎ですけど、山ばかりでもないですよ」
「そんなに来てなかったなら泳ぎたかった?」
「あっ。大丈夫です。見るだけで嬉しいです」
「夏って感じだな」
海沿いの道を走りながらカラフルな海水浴場に並ぶパラソルを眺めた。
「昼飯は俺に任せてくれる?」
芳也の言葉に麻耶はニコリと笑って頷いた。
「ここですか?」
エントランスに車を停めると、すぐにベルマンが芳也に近づきドアを開けた。
「ああ、ランチしよう」
開けられたドアから芳也は降りると、慣れた様子で鍵を渡し、助手席に回るとドアを開けて麻耶を促した。
そっと降りて見上げると、広大なエントランスに白亜のホテルが目に入った。
「すごい……」
エントランスを抜けると、目の前には真っ青な海が広がり、その向こうにはブルーのパラソルが並べられたテラスが広がっていた。
「宮田様、ご無沙汰しております。いらっしゃいませ」
にこやかな笑顔が印象的な40代後半ぐらいの男性が、二人に近づくとゆっくりと頭を下げた。
「お世話になります。急な予約で申し訳ありません」
申し訳なさそうに言った芳也に、その男性は「そんなことはありません」そう言いながら麻耶を見ると、
「支配人をしております、笠井と申します。本日はようこそ当ホテルに入らっしゃいました」
その言葉に、麻耶も慌てて「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「宮田様、昼食ですが、テラスは暑いと思いますのでレストランの海の見えるお席でよろしいですか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。では先にお部屋にご案内いたします」
(部屋??)
麻耶は訳もわからず、とりあえず二人の後ろをついて歩きだした。
館内は、白とブルーを基調とした落ち着いた装飾とインテリア、外はオーシャンブルーの海。まるで日本ではないようなその風景に麻耶は目を奪われた。
高い天井には、日の光が差し込み、温かくて穏やかな時間が流れていた。
広々とした廊下を歩き、エレベーターで最上階の五階で降り、大きな扉の部屋に案内された。
一歩部屋に入ると、そこは広々としたリビングが広がり、その向こうには広々とした石畳みのテラスがあった。
どこからどう見ても、スイートであろうその部屋に麻耶は驚いてしまう。
「すごい……」
呆然とその景色を見ていた麻耶に、クスリと芳也は笑うと、
「ありがとうございます。時間になったらレストランに伺います」
「ごゆっくりお過ごしください。失礼いたします」
後ろで聞こえたその会話に、慌てて麻耶も支配人に「ありがとうございます」と伝えた。
「芳也さん。もう!」
「気に入った?泊まれないのが残念だけど気分だけでもと思って」
テラスから景色を眺めていた麻耶を後ろから抱きしめると、芳也も海に目を向けた。
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