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スタジオは、思っていたよりもずっと明るかった。
本番用の照明が容赦なく降り注ぎ、床に貼られた立ち位置を示すバミリ(テープ)が、やけにくっきりと浮かび上がっている。
「じゃあ、リハいきまーす。本番どおりの進行で」
ADの声には、感情の起伏がない。
寿司子は、肺の奥まで冷たい空気を吸い込んだ。
『本番どおり』
その言葉だけで、朝から絡みつく重圧がずしりと肩に食い込む。
最初は、他のメンバーに扮したバックダンサーを従えての一曲目。
『レトルトパック・ラブ♪』
イントロが弾け、カウントが入る。
寿司子とリコがセンターへと躍り出た。
口は、歌っている“形”を正確になぞる。
振り付けも、何百回と繰り返した練習どおり。
カメラは決められた角度から、決められた秒数で寄ってくる。
――ちゃんと、できてる。
それなのに、胸の奥は凪いだ海のように、静まりかえっていた。
隣のリコは、完璧に「アイドル」を演じていた。
笑顔の角度、視線の流し方、指先の残像。
寝る間も惜しんで、何度も練習した結果だ。
「はい、次。コントパート入りまーす」
コントは流れの確認のみ。
肝心のネタそのものは、省略された。
「早着替えの衣装や、小道具はこのタイミングで」
「尺はこのくらいです」
「ここで三秒、笑い待ち」
「はい、次行きましょう」
記号のような言葉が、頭上を通り過ぎていく。
寿司子は、台本をぎゅっと握りしめた。
『笑い待ち』
その無機質な響きが、耳の奥にこびりついて離れない。
続いて二曲目。
『恋は63℃であたためCiao!』
一曲目よりも軽く、明るく、少しだけおどけたステップ。
曲のラストで、くるっと回ってポーズを決めると、間髪入れずに声が飛んだ。
「はい、OKでーす! イナリズシさん、以上です!」
拍子抜けするほど、あっさりとした幕切れ。
「なんや……もう終わりなん?」
リコが小さく、どこか硬い笑みをこぼす。
「うん……次は本番だね」
やがて観覧客がスタジオに入ってきた。
二十代前後の女性が中心。
彼女たちはスマホを操作しながら、カフェにでも入るような気軽さで席に着く。
そこにあるのは「期待」というより、「参加」の空気。
番組の一部になることを、楽しみに来ている。そんな雰囲気だった。
ADが観覧席の前に立つ。
「みなさーん、収録前の説明しまーす!」
大げさに腕を振り、前説を始める。
「僕が腕を上げたら拍手!
こう、ぐるっと回したら、大きく笑ってくださいねー!」
会場に、パラパラと軽い笑いが起きる。
寿司子の胸の奥が、もやっとした。
――笑いって、合図で起きるものだっけ?
さらにADは告げる。
「あと、本番は多少のNGでもカメラ止めませーん! ノンストップでいきまーす!」
その言葉が、寿司子の心の中で反響した。
止まらないカメラ。
切り取られない時間。
それなら、なおさら――。
合図じゃなく。
指示でもなく。
演出でもなく。
芸人として。
本気で、笑わせたい。
その直後だった。
「あ、出演順、一部変更になりまーす」
スタッフが、事務連絡のようにさらりと告げた。
「イナリズシさん、大トリでお願いしまーす」
一瞬、周囲の音が消えた気がした。
大トリ……番組ラストの出番のことだよね?
リコが、弾かれたように寿司子を見る。
「……な、なんでウチらが……?」
寿司子も不安な顔で首を振った。
大抜擢?
いや、それにしては、現場の空気が重すぎる。
嫌な予感が、背筋を這い上がってきた。
――続く