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どのくらい沈黙が続いたのか。
やがて力が抜けた咲山から、少し距離を取るようにして離れ坪井は起き上がった。
目の前の咲山を見るが、表情は確認できない。
無言のまま俯むく彼女に、この次の言葉を探していたが。
見つけるよりも前に、咲山の口から強張ったような震える声を聞いた。
「……二年、涼太に別の彼女いた時もあるけど、二年も一緒にいたのに、立花さんなの?」
「そうだな」
下手に隠して誤魔化して、咲山の心にこんな身勝手な男の存在を残してはいけない。
彼女のいう”二年”の真実なんて、酷いものだ。
「その二年の間も結局さ、ごめん。俺、立花のことが頭にあったんだよ……多分」
「どうゆうこと?」
咲山が、ゆっくりと顔を上げた。
大きな瞳を、きっといっぱいいっぱいに見開いて。
ハーフアップされていた淡い栗色の髪が、乱れて揺れた。その髪の感触を、手が覚えてしまうほどの年月、縛りつけていてしまったと思う。
決して応えるつもりのない咲山の気持ちを、利用してきたんだ。
「新人研修の時だっただろ、俺が夏美に声かけたの。その前に俺、一番に声かけたの立花だった。相手にされなくてお前に声かけ……」
言い終わる前に鈍い音が響いた。細い腕がエアコンのきいていない部屋、冬の空気を切って頰を打ったから。
冷たい空気と、じわりと頬に滲む痛み。ついに涙を流す瞳が、しっかりと坪井を歪んで映している。
「ふざけないでよ!」
「……ごめん」
咲山が坪井の頭を、手元に置いていた肩掛けのショルダーバッグで殴りつけた。
肩を、腕を、何度も。
スマホや財布くらいしか入ってなさそうな、小さなバッグにいくら殴られたところで痛みなど足りないような気がしてしまう。
「私だって何回も思ってたよ! 涼太なんかいらないってこっちから願い下げだって……い、言ってやりたかった! 何度も何度も思ってた!」
「……ごめん、夏美」
こんなふうに泣き叫ぶ咲山を見るのは初めてのことだった。『何回も思ってた』と言う、咲山は。見えないところで、きっとこうして涙を流していたんだろう。
「でも、でもさぁ、会いたかったもん。会いに行ったら、涼太いつも優しいから……諦められないじゃん。勝手な男で酷い男だって知ってるのに、知ってたのに!」
「ごめん」以外、何も返せない、その事実から目を逸らすまいと。咲山の泣き顔を瞳に焼きつけるよう、見つめた。
人が傷つく姿を見て、胸が痛むのは真衣香を泣かせた時と、今とで、たったの二度目だ。
(でも、それも、同じじゃない)
今、咲山を傷つけて苦しい、その理由はきっと。
(俺があいつにされたら……どうなのか)
置き換えて考えると、押し寄せる悲しみで喉が詰まりそうなほどに息苦しい。
希望を持っては打ち砕かれ、受け入れても拒んでも貰えない。
(生き地獄だろ……)
誰かを傷つけると、こんなにも自分の心も軋むものなのか。
何故、今まで平然と人の心に無関心でいられたのか、わからない。
「俺、優しかったことなんかないだろ」
「優しかったよ、いつまでたっても離れられないくらいには」