テラーノベル
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「――それでは、演劇部による発表を終了します」
体育館の幕が完全に下り、割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こる。全校生徒を完璧に騙しきった大成功のステージ。しかし、幕の裏側の暗闇に引っ込んだ瞬間、二人の「プロの演技派」としての仮面は完全に剥がれ落ちていた。
「……はぁ、はぁ……っ」
星蘭はステージの壁に背中を預け、激しく上下する胸を押さえていた。劇中のセリフとはいえ、あの小野木や堀内への嫉妬が混ざり合ったせいで、完全に感情のコントロールを失っていた。
(演技……。あれは全部フィクションの台本。なのに、なんでこんなに苦しいの……っ)
涙の跡が残る顔のまま、星蘭が俯いた、その時だった。
ドンッ!!!
「――っ!?」
激しい衝撃音とともに、星蘭の顔のすぐ横に、大きな手のひらが突き出された。蹴翔の「壁ドン」だった。
「しゅ、蹴翔……? 何これ、劇はもう終わったでしょ……?」
星蘭は驚きで目を見開いた。いつもなら「キモい! トレンディドラマの真似?」と笑い飛ばすところだ。だが、目の前にいる蹴翔の顔は、いつものいじわるなニヤケ顔でも、キザな俳優の演技でもなかった。曲がったことが大好きな少年が、人生で一番、定規で引いたようにまっすぐな、剥き出しの「本気」の目で星蘭を睨みつけていたのだ。
「終わってねえよ。……俺の本当のセリフは、まだ一文字も言ってねえ」
蹴翔の声は、劇中のマイクを通した声よりも低く、だけど鼓膜が震えるほど真剣だった。彼の顔は限界まで真っ赤に染まり、星蘭を壁際に閉じ込めたまま、一歩も引こうとしない。
「お前さ、劇の途中で『本当にあなたじゃなきゃ嫌なの』って泣いただろ。……あれ、他の男のこと思い浮かべて言ってたんなら、俺は絶対に認めねえ」
「え……?」
「お前があの日『おの八文字』が好きって泣いたから、俺は土日からずっと、頭がおかしくなりそうなくらい嫉妬してたんだよ! 劇の台本なんか関係ねえ。星野が誰と付き合おうが、お前が誰を好きだろうが……俺の『ほから始まる七文字』は、最初から今まで、お前しかいねえんだよ……っ!」
星蘭の心臓が、ドクン、と大きく跳ね上がった。小野木健太郎、八文字。堀内千尋、七文字。すべての勘違いのパズルが、蹴翔の口から放たれた熱い本音によって、一気に美しく崩れ去っていく。
「……バカ。ほんと、大バカ」
星蘭の瞳から、今度は劇の演出ではない、本物の、嬉しさを隠しきれない涙が溢れ出した。
「お・お・は・し・し・ゅ・う・と。……私の八文字が、あんた以外にいるわけないじゃん……!」
「――っ!」
蹴翔が息を呑む。星蘭は真っ赤な顔のまま、壁ドンされた蹴翔の腕の隙間から、彼のシャツの裾をぎゅっと力強く掴んだ。
「これ、演技じゃないよ。100%の本物。……ねえ、蹴翔。私と、本当の、本物のカレカノになってくれる?」
「……っ、当たり前だろ。二度と、嘘の盾なんかで隠してやらねえよ」
蹴翔は壁に突いていた手を離すと、星蘭の小さな体を、壊れ物を扱うように優しく、だけど絶対に離さないという強い意志を込めて、ぎゅっと抱きしめた。劇中の演出なんかよりも、何倍も泥臭くて、何倍も必死で、何倍も熱い、二人だけの本当の、本物の結ばれた瞬間だった。
――しかし、二人は完全に忘れていた。演劇部の舞台裏の、あの「ピンマイク」のスイッチが、まだオンのままだったということを。
「……え?」
抱き合ったままの二人の耳に、幕の向こう側から、奇妙な音が聞こえてきた。パチパチという拍手ではない。
「キャアアアアアアアアアアッ!!!!」
「嘘でしょおおお!?」
「壁ドン!! 壁ドン聞こえた!!!」
「おの八文字っておおはししゅうとーーーっ!?」
という、体育館が物理的に揺れるほどの、女子生徒たちの狂気じみた大絶叫だった。
「……え、待って、蹴翔、マイク」
星蘭が青ざめて自分の胸元を見る。ランプは赤く点灯したまま、二人の「お・お・は・し・しゅ・う・と」「お前しかいねえよ」という極上の本音を、体育館中のスピーカーから全校生徒の耳へ、リアルタイムで筒抜けに届けていた。
「う、わ、最悪……っ!!」
蹴翔がガバッと離れて頭を抱える。客席の最前列では、田中が
「すげえええ!! 幕が下りてからの『音声だけのアフターストーリー』の演出、天才すぎるだろこの劇ぃぃぃ!!」
と、涙を流しながら本日一番のスタンディングオベーションを送っていた。全校生徒が、今のガチ告白を「劇の演出の一部」だと本気で信じ込み、大興奮で拍手を送っている。
「……ねえ、カレ(蹴翔)」
星蘭は真っ赤な顔のまま、ジト目で笑ってみせた。
「……あ? なんだよ、カノ(星蘭)」
蹴翔も耳たぶをちぎれそうなほど真っ赤にしながら、いつものクソガキの笑顔を貼り付ける。
「全校生徒を完璧に騙しきったね。……本番大成功」
「おう。祝儀のヤッターめんは、学年全員分回収だな」
クラス中、いや学校中を巻き込んだ、最高にうますぎる「劇の演出(という名のガチ本音)」。二人の曲がった、だけど世界で一番まっすぐな本物の恋は、体育館中の大歓声に包まれながら、最高にドラマチックな幕開けを迎えたのだった。
コメント
1件
いやー、最高でした! 幕が下りてからの蹴翔の「本当のセリフ」、あの壁ドンからの本音がもう…滾りました。星蘭が「お・お・は・し・しゅ・う・と」って言い直すシーン、鳥肌立ちましたよ。そして何よりラストのピンマイクオフ忘れで全校にバレるオチ、田中が「演出だ!」って拍手するの、思わず笑っちゃいました。二人の「騙しきったね」「本番大成功」ってやりとりも、曲がってるけどまっすぐな二人らしくて本当に素敵でした。続きが気になります!