昨日告げられた一言を心の中で復唱しては涙を流す
窓に目をやると虚しくなるほどのかわいた空が拡がっている
そんな、冬の日の話
海外留学から帰ってきてから、やっと葵と一緒にいれる時間が出来たと思えば、何故か葵と居ると違和感を感じる事が増えた
「桃也くん桃也くん?明日のことなんだけど___」
そう言って話しかける君を何も言わずじっと見つめていると、
「え?なに、何か言ってよ」
どう聞いても確実にそれは君の声で、話し方も君そのものだった。
それでも、どこか不自然で形容のしようがない違和感があった。
「葵さ、最近なんか変わった?」
思い切って聞いてみた一言に君は一瞬驚いた様子を見せては少し微笑み
「えぇ…?僕なんか変わった??可愛くなった?」
とおどけて笑う
何バカなこと言ってんだよとこちらも笑顔で返せば、君は逸れてしまっていた話を元に戻す。
「でね、明日クリスマスじゃん?だから、一緒にイルミネーションとか見たいなって!……だめ?」
俺の返事なんて分かりきっているくせに上目遣いをして聞いてくる姿に、わざとだと分かっていながら少しキュンとし、いいよ と返事をする
それを聞いて無邪気に喜ぶ姿はやっぱり昔のままの君とそっくりで、違和感はきっと…自分と一緒にいなかった間に変わっただけなのかと考え、あまり気にしないことにした。
クリスマス当日。やっぱり気にしないと決めても、明らかに”何か”がおかしい。
「…葵、なんか俺に…隠してない?」
「えっ?なんかって何??」
「何?って言われたら…俺もわかんないんだけど……」
「なんだよそれww別になんも隠してないよ?」
そう言う君は、一切こちらを向かなかった
その時、あることを不意に思い出す
「そういえばわんちゃんどーしたの?昨日家いなかったよね?」
君はびくっと体を強ばらせてからゆっくりこちらを振り返り、少し微笑みながら
「実は…桃也くんが海外行ってる間に、死ん……逃げちゃったんだよね…」
一瞬”死んじゃった”と言いかけたのを聞き逃さなかった
「どれぐらい見つかってないの?」
「2週間半ぐらい…かな……僕も探してるんだけど………ごめん、やっぱりせっかくのクリスマスだし…今はイルミネーション楽しも?」
あれだけ可愛がっていた犬がいなくなって2週間半なのにこの調子でいるのは、君の悪い強がりの癖なのか、それとも…
「葵、俺らが初めて会った時のこと…覚えてる?」
「え…?急に何、どうしたのさっきから」
そう言って笑う君はやっぱりこっちを見ない
「一昨年のクリスマス、約束したよね?」
「………………」
返事が来ない。さらに畳み掛ける
「約束の内容、覚えてる?」
周りは人混みで騒々しいはずなのに、その場が凍りついたかのように静寂な時間が流れる。
「……桃也くん、今日はもう…帰ろっか」
やっと口を開いた君は酷く震えた声をしていた。
帰宅後、もう一度目の前にいる葵に問いかける
「葵、俺に何を隠してんの?」
聞こえてきたのは、置いていかれた子供のように今にも泣き出しそうな声
「ごめん………僕は…”葵”じゃないんだ……」
もうこれ以上、隠し続ける事は無理だと分かっていた。
それでも、せっかく神様がくれたチャンスをそう簡単に手放したくなかった。
貴方がいなくなって、何もかもがどうでも良くなって、絶望の淵にいた僕に最後に与えられた奇跡を……
「葵、俺に何を隠してんの?」
もう、隠せない。僕は彼に真実を話す決意をする。
「ごめん………僕は…”葵”じゃないんだ……」
今まで、はぐらかして来たけど…ちゃんと、彼に話さないと。そう思いつつ溢れだしそうになる涙を堪えて彼の返事を待つ
この涙は…僕のものじゃないから
「じゃあ、君は誰なの。葵はどこにいんの?」
そう問掛ける彼に、何があったのか隠さずに全てを伝える。
自分が、さっき聞かれた犬である事。
嘘みたいな話だけど、神様のおかげで犬である僕の精神を葵くんの体に入れてもらった事。
ご主人様は…死んでしまった事。
全てを話したあと、静かに僕の話を聞いていた彼を見ると、彼は…静かに涙を流していた。
こぼれ落ちる涙を拭うこともせず、”葵が……死んだ……?”と受け止められない様子で立ち尽くす。
僕には、彼の涙を拭うことは出来ない。
それは、僕の仕事じゃなくて、ご主人の仕事だから…ここに本来いるべきだったのは僕じゃなくてご主人だから……
「なんで……初めに言ってくんなかったの?」
「えっ」
彼からの予想外の質問に思わず驚いてしまう
「葵じゃないって教えてくれてたら…ちゃんと…それに…葵にも……」
彼の言葉を聞いて自分の間違いに気づく。
僕がすべきことはご主人の振りをする事じゃなかった…
僕の、大好きなご主人の大切な人を…傷つけるつもりじゃ……
「…………なさ…い…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「僕は……僕はただ、ご主人の意志を…願いを…受け継ぎたかった……ただ…それだけなのに………」
「ご主人の大切な人まで傷つけるつもりじゃなかったんだ…」
自分の過ちに気づいて後悔だけが押し寄せてくる。
彼の様子なんて気にかける余裕もなく、ただ、溢れだしそうになる涙を抑えながら続ける。
「これは…僕の、ご主人への償い」
「でも、もう……僕はこの体から出ていくよ…」
そう言うとやっと聞こえた彼の一言
「それ…出ていったらどーなんだよ」
これは神様との約束。最後のチャンスをくれた時に付けた条件
「ご主人はもう……居ないから、この体は消えちゃうかな。僕も…ご主人のとこに行くだけだよ」
そう言って、笑顔を作ると彼は酷く辛そうな顔をしていた。
「…お願い、そんな顔しないで。僕は…確かにご主人の姿をしてるけど、ニセモノなんだよ?」
そう言うと自分の体が消えかけていることに気づく。
神様もうちょっとだけ待ってください。最後に、一つだけ、彼に……
「………じゃあ……僕はご主人と一緒に待ってるね。」
消えかけながら、最後に一言
「どうか……ご主人の分も…幸せになって……僕からの…最後のお願い」
そう言って微笑み彼に消えかけている手を伸ばすと、彼もこちらに手を伸ばす。
その手が届く前に、僕はこの世から消えてしまった。
君が隣にいないベッドで眠れない夜を明かす
未だに現実が受け入れられなくて、何度もこれが悪夢ならいいのに…と思っても、それはどうしようもなく現実でしかなくて
“ ご主人は……葵くんは、僕を庇って死んじゃったんだ “
昨日告げられた一言を心の中で復唱しては涙を流す
窓に目をやると虚しくなるほどのかわいた空が拡がっている
そんな、冬の日の話
コメント
6件
コメント書けなくてごめんなさい!まじで良かったです! なんか…ほんとに良かったです
うん、、いつも通り素晴らしいです、、 この切ない感じ、好きです(❁´ω`❁) ぶく失です、!