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ぽんぽんず
第18話【半年の安寧と、歪んだ光の再臨】
魔界と人間界が不可侵条約を締結してから、激動の半年が流れた。
「……ふぅ。これで今日の分の決済は終わり、か」
魔皇帝の執文室で、アイラナは椅子の背もたれに深く身体を預け、愛おしそうに自身のお腹を両手で撫でた。
半年前の会議中に突然「二分割」した愛の結晶――そのお腹の中の双子は、いまや臨月を間近に控え、はっきりと丸みを帯て大きく膨らんでいる。
「あまり無理をしないでって、毎日あれほど言っているのに。……本当に君は、放っておけない魔皇帝陛下だね」
カサリ、と空間が揺れ、聞き馴染んだ薄紫色の魔力とともに、ミラディア帝国の正装を着たアーモンド――レミエルが姿を現した。
かつて
「天界のあれこれがめんどくさくなった」
というあまりにもマイペースな理由で天界を逃げ出し、堕天して人間界の王に収まった男。
そんな彼は今、人間界の公務を爆速で片付け、毎日のようにテレポートで愛しい妻と双子を甘やかしにやってくるのだ。
「レミエル……。これくらい、座って書類に目を通すだけだ、問題ない。お腹の双子も、お前の過保護な魔力を毎日浴びて元気すぎるくらいだ」
相変わらずウブに頬を染めて強がるアイラナ。
そんな彼女の隣に腰掛け、レミエルは大きなお腹に優しく手を添え、極上の流し目を細めた。
「あと少しで、約束の『やるべきこと』が全部終わる。そうすれば、僕たちのハウメア湖での生活が始まるんだから……お願いだから、今は僕に全力で甘やかされてよ」
お腹の双子にそっと耳を当て、父親としての優しい顔を見せるレミエル。
平和。
800年間、誰もが望んで手に入らなかったその安寧が、確かにそこにはあった。
――だが。世界は、この幸せな家族をそう簡単には隠居させてくれない。
二人が穏やかな体温を分け合っていたその時、魔界の防衛結界が、悍ましくも清烈な
「光の魔力」
によって強引に焼き切られた。
『――みつけた。
みつけたわ、
アイラナ……!』
頭の奥に直接響くような、狂気に満ちた不快な声。
アイラナのレッドダイヤモンドの瞳が驚愕に見開かれ、同時に、彼女の胸元にある主神ハデスから授かった「ハデスの加護」の闇の紋章が、迫り来る敵意に呼応してドクドクと冷たく脈打ち始めた。
天界で形ばかりの「贖罪」を経て、最高神ゼウスに再び命を吹き込まれた光の熾天使――アウリナ・グラシエルの復活だった。
バリィィィん!!!
と執務室の窓が激しく粉砕され、狂った光の波とともにアウリナが姿を現す。
その背中の純白の翼は、執念によってどす黒く歪んでいた。
「ハデス様……ああ、私の愛しいハデス様! あの御方が唯一、その身に直々に『寵愛の加護』を授けられたのが……お前のような薄汚い魔族の雌だなんて、私は800年前から今この瞬間まで、一秒たりとも納得がいかないのよ……!」
激しい嫉妬に狂うアウリナの絶叫。
彼女のハデス神への信仰は、復活を経て、醜い妄想癖と虚言へと肥大化していた。
「それなのに……お前はハデス様の至高の愛を賜りながら、あろうことか天界を裏切ったレミエルなどという男にその身を預け、腹に双子まで宿している……! ハデス様に対するこれ以上の冒涜があるかしら!? お前はハデス様を裏切ったのよ!!」
「歪んだ虚言を吐くな、哀れな敗北者が……!」
アイラナは大きなお腹を片手で押さえながら、毅然と言い放った。ハデス神の加護はただの契約であり、裏切りなどという事実は存在しない。すべてはアウリナの頭の中で作り出された、狂気的な妄想にすぎなかった。
「お前は800年前、私との一騎打ちに敗れて死んだのだ。生き返って早々、また私に討たれたいか!」
「黙りなさい!! 言い訳は見苦しいわ! ハデス様が愛したその身体も、腹の中にいる不浄な双子の命も……私が今度こそ、この神聖なる光の炎で跡形もなく焼き尽くしてあげる!!」
アウリナの両手に、世界を灰にせんと放たれる無数の光の槍が凝縮され、臨月で身動きの取りづらいアイラナへ向けて一斉に撃ち放たれた――。
「――ねえ。僕の目の前で、僕の奥さんと子どもたちを『不浄』って言ったの?」
キィィィン!!!
と、鼓膜を突き破るような硬質な音が響く。
アウリナが放った必殺の光の槍が、アイラナの目の前で、薄紫色の巨大な魔力の障壁によって木端微塵に噛み砕かれていた。
「レミ、エル……!」
アイラナの前にスッと立ちはだかった男。
ミラディア皇帝の衣服を脱ぎ捨て、背後に12枚の漆黒に染まった堕天使の翼を爆発的に広げたレミエルが、そこにいた。
長い睫毛の奥にある薄紫色の流し目は完全に温度を失い、ただ
「害虫」
を見るように冷え切っている。
両耳のレッドダイヤモンドのピアスが、これまでにないほど冷酷に、ギラギラと輝いた。
「レミエル様……!? なぜ、なぜそこまでしてその裏切り者の雌を庇うのです!?」
「天界の仕事がめんどくさくて逃げ出した僕が言うのもなんだけどさ。
君のその妄想癖、800年前から本当に病院レベルで酷いよね。
アイラナちゃんはハデスを裏切ってなんかいないし、君は800年前にアイラナちゃんとの一騎打ちで実力で負けたんだよ。
……君がどれだけハデスを狂信しようが勝手だけど、その歪んだ嫉妬と嘘で僕の愛する家族を傷つけようとしたこと、絶対に許さないよ」
レミエルの手元に、1600年前の第一次天魔大戦で天と地を震撼させた、
最強の「神罰の剣」が具現化する。
「800年前はアイラナちゃんが手加減して一思いに殺してあげたみたいだけど、今回は優しくないよ? 君の大好きなハデス神の元へも二度と還れないように、その傲慢な魂の欠片まで、僕がきっちりきっかり『お仕置き(完全消滅)』してあげる」
愛するアイラナと双子を侮辱され、完全に
「キレた」最強の父親堕天使。
アウリナへの、絶望的なまでの圧倒的な制裁の幕が上がろうとしていた。
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