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第30話「エルフの初デートは百年ぶりです」
金曜日。
午後五時五十分。
営業企画部。
月島セシルは。
時計を見た。
五秒後。
もう一度見た。
さらに十秒後。
また見た。
森野リリカが言う。
「月島さん」
「何ですか」
「時計」
「はい」
「さっきから見すぎです」
「見てません」
髪から出ている耳。
ぴく。
「今日ですよね」
「何がですか」
ぴく。
「佐伯さんと」
「仕事の話です」
ぴく。
相沢直人が横から言う。
「仕事じゃないって佐伯さん本人が言ってたよね」
月島。
「相沢さん」
「はい」
「仕事してください」
「もう終わりました」
「では帰ってください」
田中美咲も近づく。
「どこ行くんですか?」
「知りません」
「服そのまま?」
「会社帰りですから」
「リップ変えました?」
月島が止まる。
「変えてません」
ぴく。
田中。
「変えた」
森野。
「変えましたね」
「変えてません」
ぴく。
神崎レオンが言う。
「分かりやすいですね」
月島が全員を見る。
「皆さん」
「はい」
「二百三歳の大人を」
一拍。
「もう少し放っておいてください」
午後六時。
エレベーター前。
佐伯悠真が来た。
「月島さん」
「はい」
耳。
ぴく。
「お待たせしました」
「いえ」
「行きましょうか」
「はい」
二人がエレベーターへ。
扉が閉まる。
その直前。
月島が振り返る。
営業企画部。
森野。
田中。
相沢。
神崎。
四人。
全員見ている。
「……」
月島の目が細くなる。
扉。
閉。
田中。
「行きましたね」
森野。
「行きました」
相沢。
「何か娘を送り出した気分」
森野が見る。
「月島さんのほうが相沢さんより百七十二歳上ですよ」
「そうだった」
神崎。
「むしろ曾祖母どころではありませんね」
田中。
「でも恋愛になると年齢分からなくなる」
森野の耳が。
ぴく。
田中が見る。
「森野さんもそうですもんね」
「私を巻き込まないでください」
午後六時半。
佐伯と月島。
小さな洋食店。
「ここ、よく来るんですか?」
月島が聞く。
「たまにです」
「そうですか」
「嫌でした?」
「いえ」
「よかった」
佐伯はメニューを見る。
月島も見る。
しかし。
文字が。
あまり頭に入らない。
おかしい。
二百三年生きている。
会社も何社経験したか。
数えるのが面倒なくらい。
海外生活もある。
結婚も。
恋愛も。
別れも。
経験した。
なのに。
緊張している。
「月島さん」
「はい!」
声が大きい。
佐伯が驚く。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
耳。
ぴく。
「もしかして緊張してます?」
「してません」
ぴく。
佐伯が耳を見る。
月島。
両手で耳を押さえる。
「見ないでください」
「すみません」
佐伯が笑う。
「本当に動くんですね」
「動きます」
「感情で?」
「多少」
「便利ですね」
「全然便利ではありません」
「でも嘘つけない」
「人間は嘘をつけていいですね」
「そんなにいいものでもないですよ」
料理が来る。
オムライス。
佐伯。
ハンバーグ。
月島。
「意外です」
佐伯が言う。
「何がですか?」
「もっと」
「はい」
「エルフっぽいもの食べるのかと」
月島の目が細くなる。
「エルフっぽいものとは?」
「野菜とか」
「……」
「木の実とか」
「……」
「キノコとか」
月島がハンバーグを切る。
「私は肉が好きです」
「すみません」
「森にも住んでません」
「すみません」
「弓も使いません」
「そこまで言ってません」
二人で笑う。
少し。
緊張が解けた。
食事が進む。
佐伯が聞く。
「月島さん」
「はい」
「二百三年って」
「はい」
「どんな感じですか?」
月島は少し考える。
「普通です」
「普通?」
「私にとっては」
「なるほど」
「佐伯さんは二十九年をどう感じます?」
「普通ですね」
「それと同じです」
佐伯が納得する。
「じゃあ」
「はい」
「昔のことって全部覚えてるんですか?」
「まさか」
月島は笑う。
「昨日の夕食だって忘れることがあります」
「安心した」
「何がです?」
「二百年分全部覚えてたら」
「はい」
「頭いっぱいになりそう」
「なりますよ」
「なるんですか?」
「だから忘れます」
月島は水を飲む。
「人間と同じです」
その言葉。
佐伯が少しだけ真剣になる。
「月島さん」
「はい」
「俺」
「はい」
「最初」
少し言いにくそうにする。
「エルフって聞いて」
月島の耳が止まる。
「珍しいと思いました」
「はい」
「正直」
「はい」
「話してみたいと思ったのも、珍しかったからです」
月島は黙る。
「でも」
佐伯が笑う。
「最近は普通です」
「普通?」
「月島さんが」
「……」
「普通に仕事ができて」
「はい」
「たまに怖くて」
「怖い?」
「仕事のチェック厳しいです」
「それは必要です」
「甘いもの好きで」
「はい」
「耳を褒めると赤くなって」
月島の耳。
赤くなる。
「今も」
「言わないでください」
「そういう人なんだなって」
月島は。
少し下を向く。
「それは」
「はい」
「嬉しいです」
耳は。
動かなかった。
食事のあと。
二人で歩く。
夜。
駅まで。
佐伯が言う。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「また行きません?」
月島の耳。
ぴく。
「仕事の話ですか?」
「今度は」
佐伯は笑う。
「最初から仕事じゃないです」
月島の耳。
ぴくぴく。
「はい」
「いいですか?」
「はい」
「よかった」
駅前。
二人が止まる。
佐伯が言う。
「じゃあ月曜日」
「はい」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
佐伯が改札へ向かう。
月島は。
その背中を見ている。
十秒。
二十秒。
「……」
自分の耳に触れる。
熱い。
「二百三歳にもなって」
小さく。
「何をやってるんでしょう」
でも。
笑っていた。
そのころ。
森野のマンション。
相沢がいた。
二人で映画を見ている。
森野のスマートフォン。
震える。
メッセージ。
月島。
『終わりました』
森野が即座に返信。
『どうでした?』
三秒。
既読。
返信なし。
一分。
返信。
『普通です』
森野。
「嘘ですね」
相沢。
「何が?」
「月島さん」
『次も会うことになりました』
森野。
「おお」
「何?」
「二回目」
「うまくいったんだ」
森野が返信。
『よかったですね』
月島。
『別に』
森野。
『耳、動いてますよね』
既読。
返信なし。
相沢が笑う。
「楽しそう」
「楽しいです」
「人の恋愛なのに」
「相沢さん」
「何?」
「恋愛は」
真面目な顔。
「当事者より周囲のほうが楽しいんです」
「最低だな」
「田中さんから学びました」
翌月曜日。
午前九時。
月島出社。
森野。
「おはようございます」
「おはようございます」
「金曜日」
「仕事してください」
「まだ何も聞いてません」
「顔に書いてあります」
午前十時。
佐伯が営業企画部へ。
「月島さん」
「はい」
耳。
ぴく。
「これ」
小さな紙袋。
「昨日、出かけたので」
「私に?」
「はい」
「ありがとうございます」
佐伯は笑って戻る。
営業企画部。
全員。
月島を見る。
月島。
「何ですか」
田中。
「お土産」
森野。
「個人的に」
神崎。
「かなり順調ですね」
相沢。
「よかったですね」
月島。
「皆さん」
「はい」
「仕事してください」
部長が言う。
「それ俺の台詞な」
そして。
その日の午後。
新しい問題が起きた。
人事部から電話。
部長が受ける。
「はい」
「……はい」
「え?」
部長の顔が変わる。
「ちょっと待ってください」
森野が見る。
「どうしました?」
部長が受話器を置く。
「またエルフ」
「応募ですか?」
「違う」
「じゃあ?」
部長は困った顔。
「高校生」
全員。
「高校生?」
「十七歳」
森野が言う。
「すごく若い」
相沢。
「それは人間でも若い」
「会社見学したいって」
「なぜ?」
部長が言う。
「将来」
紙を見る。
「エルフだと隠さず働ける会社に入りたいから」
森野の表情が変わった。
笑いが。
少し消える。
「十七歳のエルフ……」
神崎も静かになる。
相沢が聞く。
「珍しいの?」
森野はうなずいた。
「その年齢なら」
少し考え。
「まだ一度も名前を変えていないかもしれません」
「……」
「一度も」
森野は言う。
「正体を隠して、誰かから逃げたことがないかもしれない」
翌週。
会社見学の日。
制服姿の少女がやってきた。
長い黒髪。
そして。
耳。
最初から。
隠していなかった。
「初めまして」
少女は。
森野に頭を下げた。
「高校二年生の藤崎ミナです」
十七歳。
森野が。
百二十六歳年下のエルフと。
初めて向き合う。
「森野さん」
「はい」
少女は笑った。
「私」
長い耳を動かして。
「一度も耳を隠したことがないんです」
森野は。
何も言えなかった。
自分が。
百年以上かけて。
ようやくできたことを。
この少女は。
最初から。
当たり前のようにしている。
それは。
少しだけ。
眩しかった。
コメント
1件
みぅだよ🤍🥀 第30話、読んだよ〜。 月島さんの耳がぴくぴくしすぎてて、もう愛おしくて仕方なかった😂「二百三歳の大人を放っておいてください」って言いながら全く落ち着いてないの、最高。佐伯さんの「最初は珍しかったけど今は普通」って告白、すごく良かった…ちゃんと一人の人間として見られてるって、何年生きても嬉しいよね。 最後の17歳エルフの子、眩しすぎて泣きそうになった。森野さんが100年以上かけてやっとできたことを、最初から当たり前にやってるって、その差に胸がぎゅってなったよ。 次も待ってるね🌙