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第31話「耳を隠したことがない十七歳」
会議室。
高校二年生。
藤崎ミナ。
十七歳。
制服。
黒い髪。
そして。
長い耳。
完全に出ている。
森野リリカは。
その耳を見ていた。
「森野さん?」
「あ、ごめんなさい」
「そんなに珍しいですか?」
「珍しいというか」
森野は言葉を探す。
「十七歳のエルフと話すのが久しぶりで」
ミナが笑う。
「森野さん百四十三歳なんですよね」
「はい」
「すごい」
「最近、それを言われても何とも思わなくなりました」
相沢直人。
部長。
人事担当者。
月島セシル。
神崎レオン。
田中美咲。
なぜか。
会社見学なのに。
人数が多い。
田中が小声で言う。
「十七歳ってエルフだとどのくらい?」
森野。
「十七歳です」
「そのまま?」
「そのままです」
「成長速度は?」
神崎。
「若いうちは人間とそれほど変わりません」
相沢。
「じゃあ本当に高校生なんだ」
ミナが笑う。
「本当に高校生です」
部長が資料を開く。
「じゃあ藤崎さん」
「はい」
「今日は会社見学ということで」
「よろしくお願いします」
「将来ここへ入りたいの?」
「できれば」
「どうして?」
ミナは。
森野を見る。
「森野さんがいるからです」
森野の耳。
ぴく。
「私?」
「はい」
「でも」
森野は困る。
「私、別に大したことしてませんよ」
「しました」
「何を?」
「耳を出しました」
森野は黙る。
ミナが続ける。
「私のお母さんもエルフです」
「はい」
「お父さんは人間です」
相沢が少し驚く。
「そうなんだ」
「はい」
「じゃあ」
森野が聞く。
「あなたは?」
「エルフです」
「お父さんは知ってる?」
「もちろん」
「学校は?」
「知ってます」
「友達も?」
「知ってます」
「先生も?」
「知ってます」
「近所の人も?」
「たぶん全員」
森野。
「……」
月島も。
「……」
神崎だけが。
静かに聞いている。
ミナが不思議そうに言う。
「どうしました?」
森野。
「全部言ってるんですか?」
「はい」
「怖くない?」
「何がですか?」
その質問。
森野は。
答えられなかった。
怖い理由を。
十七歳の少女は。
知らない。
「嫌なこと言われたことは?」
「ありますよ」
「あるんだ」
「耳長いとか」
「はい」
「コスプレみたいとか」
「はい」
「写真撮らせてとか」
「はい」
「エルフなら魔法使って、とか」
森野が苦笑する。
「それは私も言われます」
「ですよね」
「嫌じゃない?」
「嫌なときは嫌って言います」
「それだけ?」
「はい」
森野は。
ミナを見る。
簡単。
あまりにも。
簡単だった。
森野たちの世代は。
嫌なことを言われる前に。
姿を消した。
見つかる前に。
耳を隠した。
疑われる前に。
名前を変えた。
ミナは。
嫌なら。
嫌と言う。
それだけ。
月島が聞く。
「ご両親は心配しませんでした?」
「しました」
「お母様は?」
「最初は耳を隠したほうがいいって」
「やっぱり」
「でも私」
ミナは笑う。
「面倒だったので」
森野。
「面倒」
「毎朝でしょう?」
「はい」
「無理です」
月島と森野。
同時に。
「分かる」
相沢が笑う。
部長が言う。
「じゃあ会社を案内しようか」
「はい!」
社内見学。
営業部。
総務部。
企画部。
会議室。
休憩スペース。
ミナは。
どこへ行っても。
耳を出したまま。
社員たちも。
もう慣れてきた。
「あ、エルフの高校生?」
「こんにちは」
「こんにちは!」
「会社見学?」
「はい!」
それだけ。
森野は。
少し後ろから見ている。
相沢が隣へ。
「どうした?」
「何でもありません」
ぴく。
「何かある」
「……」
少し歩く。
「羨ましいんです」
「ミナちゃんが?」
「はい」
「若いから?」
「それも少し」
「あるんだ」
「百二十六歳違いますから」
「すごい差だな」
森野はミナを見る。
「でも一番は」
「うん」
「最初から隠さなくていいこと」
相沢は黙る。
「私」
森野が言う。
「毎朝、髪を巻いて」
「うん」
「耳を隠して」
「うん」
「風が吹けば押さえて」
「うん」
「写真を撮るときも気にして」
「うん」
「好きな人ができても」
相沢を見る。
「本当のことを言うのが怖かった」
耳が。
少し下がる。
「でも」
ミナは。
前で田中と笑っている。
「この子には、それがない」
「いいことじゃん」
「はい」
森野は笑う。
「すごくいいことです」
昼。
社員食堂。
ミナが。
カレーを食べる。
田中が聞く。
「エルフってカレー食べるんだ」
ミナ。
「食べますよ」
森野。
「田中さん、まだそこですか」
「だって気になる」
ミナが聞く。
「森野さんは何が好きですか?」
「今日は生姜焼きです」
「普通ですね」
「エルフに何を期待してるんですか」
「森の木の実とか」
「高校生までそれ言うんですか!」
ミナが笑う。
「冗談です」
神崎が聞く。
「藤崎さん」
「はい」
「将来、何をしたいんですか?」
ミナは少し考える。
「普通に働きたいです」
森野が止まる。
「普通に?」
「はい」
「それだけ?」
「それがいいです」
森野は。
自分と同じだと思った。
百二十六歳離れていても。
同じ。
朝。
会社へ行く。
仕事をする。
昼を食べる。
夕方帰る。
そんな生活。
「でも」
ミナが続ける。
「一つだけやりたいことがあります」
「何?」
「結婚」
田中。
「おお」
相沢。
「高校生らしい」
森野。
「相手いるの?」
「います」
森野の耳が上がる。
「いるんですか?」
田中も。
「聞きたい!」
部長。
「会社見学どこ行った」
ミナが笑う。
「同じ学校です」
「人間?」
森野が聞く。
「はい」
「何歳?」
「十七歳」
「同級生?」
「はい」
「相手はエルフって知ってる?」
「最初から」
「どう思ってるの?」
ミナは笑う。
「耳かわいいって言ってます」
森野。
「……」
相沢が。
森野を見る。
「何?」
「いや」
「何ですか」
「俺も最初そう思ったなって」
森野の耳。
ぴく。
「今は?」
「今もかわいい」
ぴくぴく。
ミナが笑う。
「本当に付き合ってるんですね」
森野。
「はい」
田中。
「年齢差百十二歳」
森野。
「田中さん!」
ミナ。
「すごい」
相沢。
「俺もそう思う」
午後。
会社見学終了。
玄関。
ミナが頭を下げる。
「ありがとうございました」
部長。
「どうだった?」
「入りたいです」
「四年後かな」
「大学行くので六年後です」
「じゃあ待ってるよ」
「本当ですか?」
「会社があれば」
「部長!」
森野が言う。
ミナが笑う。
そして。
森野の前へ。
「森野さん」
「はい」
「ありがとうございました」
「私は何も」
「しました」
また。
同じ言葉。
「私のお母さん」
「はい」
「ずっと耳を隠してたんです」
森野が止まる。
「そうなの?」
「はい」
「今は?」
「出してます」
「……」
「森野さんのニュースを見て」
ミナは言う。
「次の日から」
森野の耳が。
ゆっくり下がる。
「そう」
「すごく嬉しそうでした」
「……」
「だから」
ミナは笑った。
「ありがとうございます」
森野は。
少しだけ。
目を伏せる。
「私は」
「はい」
「自分が楽になりたくて出しただけです」
「それでも」
「……」
「誰かも楽になったなら」
ミナが言う。
「いいじゃないですか」
森野は。
笑った。
「そうですね」
ミナが帰る。
制服。
リュック。
長い耳。
隠さず。
普通に。
駅へ向かって歩いていく。
その後ろ姿を。
森野は長く見ていた。
夜。
相沢と帰る。
手をつなぐ。
「今日どうだった?」
「疲れました」
「何もしてないじゃん」
「精神的にです」
「ミナちゃん?」
「はい」
「いい子だったね」
「はい」
少し沈黙。
森野が言う。
「相沢さん」
「何?」
「もし」
「うん」
「私たちに子供ができたら」
相沢の足。
止まる。
森野も。
止まる。
二人。
沈黙。
森野の耳。
少しずつ。
赤くなる。
「今」
相沢が言う。
「かなり大きな話した?」
「忘れてください」
「いや」
「忘れてください!」
「無理」
「今のなし!」
「耳真っ赤だけど」
「なしです!」
森野は歩き出す。
速い。
相沢が追う。
「森野さん」
「知りません!」
「子供って」
「言わないで!」
「エルフになるの?」
森野が。
ぴたり。
止まる。
振り返る。
「……分かりません」
「分からない?」
「人間とエルフの子供は」
少し声を落とす。
「どちらになる場合もあります」
相沢が。
少し真面目になる。
「そうなんだ」
「はい」
「じゃあ」
「何ですか」
「いつか聞かせて」
森野の耳。
ぴく。
「何を?」
「そういう話」
「……」
相沢は。
森野の手を握り直す。
「今すぐじゃなくていいから」
森野は。
少し黙って。
「はい」
耳は。
動かなかった。
翌朝。
午前九時。
営業企画部。
神崎が一枚の資料を持ってくる。
「リリカ」
「何?」
「昨日の藤崎さんの件ですが」
「はい」
「少し問題が」
森野の表情が変わる。
「何?」
神崎がスマートフォンを見せる。
SNS。
制服姿。
長い耳。
会社から出てくるミナの写真。
『エルフの女子高生発見』
すでに。
大量に拡散されている。
森野の耳が。
すっと下がった。
「これ」
神崎が言う。
「学校名まで特定され始めています」
相沢も画面を見る。
昨日まで。
ただ眩しく見えた。
耳を隠さない十七歳。
その少女が。
初めて。
エルフであることを公表して生きる危険と。
正面から向き合おうとしていた。
コメント
1件
第31話、めっちゃ沁みた……。 ミナちゃんの「面倒だったから」って理由、めちゃくちゃエルフとして新鮮で尊いなって思ったよ。森野さんが隠し続けてきたものを、彼女が当たり前みたいにさらりと出してるの、見てて胸がぎゅっとなった。最後のSNS拡散で一気に現実突きつけられて、ここからどうなるんだろう……怖いけど続き読まずにはいられない🧎♀️🤍